討ち入りに際し、最年長の堀部弥兵衛が仮眠を取って遅参したという逸話は、佐藤条右衛門覚書にあって事実と考えられる。『赤城義臣伝』がこれを載せて流布し、代表的な実録体小説『赤穂精義参考内侍所』にも採られている。

 幕末にはかなり知られたエピソードなのだろうが、これが国芳の錦絵にも描かれていた。といっても単独の画題という訳ではない。「誠忠義士聞書之内 討入本望之図」と題された三枚組。表門隊と裏門隊を1枚に収めているので、完全な考証ができている訳ではないが、その右端に…



討入装束でない若者2人(堀部九十郎と佐藤条右衛門カ)に支えられた堀部弥平(ママ)の姿が。
 さらに後ろには従僕と見られる2人。名は元介と甚三郎。抱えているのはみかんカゴか。事実と考えられたことをなるべく取り込もうとする、国芳の志がうれしいではないか。