信夫恕軒の名著『赤穂義士実談』は、もと『赤穂義士談』という題で出版されていたが、その元は雑誌『名家談叢』に掲載されたものであった。

我が国の速記草分けのひとり若林玵蔵の口述した『若翁自伝』に、そのころの思い出が載っている。衆議院閉会中は午前中出勤するだけでよかったので、余暇を利用してあらゆる名家を訪問して談話をとって掲載する『名家談叢』を月2回発行した。80ページくらいのものだが、他人の手を借りず、訪問・速記・編集・校閲・発行全部ひとりでやった。訪問するのは、学者・美術家・芸人など、その道で著名の人で訪問せぬはほとんどなかったという。なかでも勝海舟にはかわいがられたようで、「伯が最も尊敬すべき人物であつた」と書いている。

同誌に掲載された中でもっとも人気を博したのが、信夫恕軒の『赤穂義士談』だった。採算度外視の道楽雑誌だが、これのおかげでだいぶ部数が増えたらしい。

「はじめ翁に交渉して、相当の報酬を出し、余の自宅に招待して、講演してもらふことにした」のだが、彼を知る人は「信夫翁の義士談は面白いが、彼の人は漢学者で、奇人で、怒り易いから、所詮終局まで満足に講演しないだらう」と言ったという。森田思軒が「あれは恕軒じゃなくて怒軒だ」といったくらい、扱いづらい相手だった。若林は「何とか翁を操縦して、無事に完結して見せる」と言ったのだが、案の定、最後の2回くらいはどうしてもやってもらえず、「已むを得ず義士に関する実録で、世間にない書物を二三種内閣図書寮から借りて来て、恕軒翁の口調に倣ひ、著述して、漸く完結させた」とのこと。なんと、四家預けから切腹のあたりは若林の代作だったのである。

厄介な爺さんであるが、それに臆せず聞き取りを行った若林の勇気のおかげで、我々はこれを読むことができる訳である。


『若翁自伝』は国会図書館デジタルコレクションで読める。『名家談叢』もデジタルコレクションにあるのだが、これは図書館限定送信である。