また「仮名手本」六段目の話題。鴈治郎型のを見ていて印象に残るせりふが郷右衛門の「舅の仇を討ったも同然」。音羽屋型ではついぞ聞いたことがない。鴈治郎型が、より原作に近い事例のひとつであろう。もっともあくまでも比較の問題であって、これでも原作からはかなり遠い。

 念のため確認しておこう。原作の手順では
①勘平の無実があかされる。
②“突っ込む刀引き回せば”郷右衛門は「思はずも其方が舅の敵討たるは、いまだ武運に尽きざる所。弓矢神の御恵にて一功立てたる勘平。息のあるうち郷右衛門が密かに見する物あり」と連判状を見せ、血判させる。
③勘平は金を御用金として提出する。
④郷右衛門は金を納め「仏果を得よ」という。
⑤勘平は「魂魄この土にとどまって敵討のお供」と執念を見せる。
⑥自ら刀をのどにさし死ぬ。
⑦母の愁嘆。
⑧郷右衛門は「四十九日や五十両・・・跡ねんごろに弔われよ」と言って立ち去る。
ということになる。

 これに対して歌舞伎だと
(1)=①勘平の無実が明かされる。
(2)=③勘平は金を提出する。
(3)=④⑧郷右衛門は金を納め「四十九日や五十両・・・仏果を得よ」という。
(4)=⑤勘平は「魂魄この土にとどまって敵討のお供」と執念を見せる。
(5)=②“突っ込む刀引き回せば”郷右衛門は「今はの際の其方に密かに見する一品あり」と連判状を見せ、血判させる。
(6)=自らふえをかっきって死ぬ。
という運びになる。菊五郎型も鴈治郎型も同然である。

 老母の愁嘆がカットされていることは前にも書いた。「四十九日や五十両・・・」の問題もいずれ取り上げることとして、ここでは原作の②が歌舞伎の(5)になるという手順の違いを考えたい。双方で勘平が加盟を許された理由が、まったく違ってくる。歌舞伎の演出、特に菊五郎型では、金を納めたために加盟が認められたことになる。しかし原作では舅の仇討ちという武功によっている。戸板康二氏あたりは舅の仇を討ったこと「も」理由になるというが、原文を読む限りは舅の仇を討ったこと「が」理由なのである。
 論理的には、原作の方がまさっている。大星が金を差し戻した時、舅殺しの嫌疑がかかっていた訳ではない。とするならば、舅殺しの嫌疑が晴れたからと言って、金を納めて加盟を認める理由にはなるまい。
 しかし、舅の仇討ちという手柄は、どうも心情的に肯いがたい。なにしろ、あくまでも事故なのだ。平出鏗次郎氏などは名著『敵討』のなかで、敵討の目的を持たなかった場合は敵討と認めないとして、勘平を名指しているくらいである。
 舞台芸術としてどちらのやり方が優れているか、ここで結論を出すつもりはない。しかし、加盟の理由を金と理解するか、武功と理解するかは、決して小さな問題ではないように思われる。何しろこの作者は六段目の中に「金」という字を四十七回使ったと言われるほど、金の問題に気を使っていたはずなのだから。
2002年11月30日