今月の文春文庫新刊の忠臣蔵モノ、もう1冊は関容子『芸づくし忠臣蔵』である。「仮名手本忠臣蔵」の構成に従って、様々な人から聞き取った芸談を集めた貴重な記録。「現代古典になりさうな目鼻立ちの本」(丸谷才一氏の解説)は褒めすぎのようではあるが、名著であるのは間違いない。
私としても、ネタの宝庫のような書物で、今後、著作権を侵害しない程度に借用させていただく予定である。
今回通読して一番印象に残ったのは、先代・上村吉弥の逸話である。本書の良さは、大看板の名優だけでなく、大部屋俳優や裏方にいたるまで丁寧に聞き取りをしていることである。一般的に、名門以外の役者については、伝えられることが少ない。平成3年の秋、病床の吉弥を訪ねた関氏は、おかやの芸談を聞き取る。いい話がきけたと喜んで帰る関氏に、吉弥の奥さんは「あの、うちのお父ちゃん、な・・・もうこれきりお会いできんと思いますわ」と告げる。「今別れたばかりの古風な味の女方が、もうすぐいなくなるのかと思うと悲しかった」という関氏の感慨に、丸本物で無類のお袋さんを演じた先代吉弥を思い出して、私もしんみりした気分になる。
それに続けて、南座に出演中の福助が吉弥を見舞った話が出てくる。ふと目をあけた吉弥が福助の顔をじっと見て「わしゃ、もうおかやしかでけんかなあ・・・」ともらしたのである。福助は「おじさん、元気になって出てきてくれたら、いつでもおかるを代わってあげますからね」と答えたという。「やっぱりいくつになっても、おかやよりおかるなんだなあ」とは福助の感慨。
今月の歌舞伎座で、おかやに「抜擢」された当代・吉弥を見たばかりだったので、この逸話は複雑な思いで読んだ。老いだけの問題ではないのだ、と。
2002年10月27日