芝居の「忠臣蔵」が『太平記』の世界、高・塩冶の世界の出来事であることは言うまでもない。そして、元の『太平記』高・塩冶の件では吉田兼好が重要な役割を果たすことも、よく知られている。
 「仮名手本忠臣蔵」には、なぜか兼好は登場しない。先行作「碁盤太平記」にも姿を見せないが、これは「兼好法師物見車」の続編であり「兼好法師あとおひ」と冠されていた。「物見車」では美男子の兼好がかなり活躍している。
 いずれにしても、吉田兼好は「忠臣蔵」に関係があるような、ないような、微妙な存在である。このコーナーを「忠臣徒然蔵」と名付けたのも、この微妙さを意識している。「兼好法師の跡を追い、忠臣蔵にまつわるあれこれをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂おしけれと云々」である。
 あ、そうそう。微妙な関係といえば、吉田忠左衛門(兼亮)が兼好の末裔という説もありましたね。真偽のほどは知りません。
2002年03月28日