「仮名手本忠臣蔵」では、殿中松之間において高師直が塩冶判官に恥をかかせる。これが判官刃傷の動機になるのは言うまでもないが、これとは逆に判官が師直に恥をかかせる話もある。
周知の通り、“オオボシユラノスケ”という人物をはじめて登場させたのは近松門左衛門の『碁盤太平記』だが、これは「兼好法師跡追」とある通り、『兼好法師物見車』の続編として作られた浄瑠璃である。ここで紹介するのは、その『兼好法師物見車』である。
事の善悪で言えば、悪いのはたしかに師直である。塩冶の妻に横恋慕した師直、納涼の宴に事寄せて彼女を呼ぶ。夫は妻を守るため隠れてついていった。絵馬になぞらえて口説きにかかる師直の前に、判官が姿をあらわす。師直につきそう薬師寺が、当座の座興とごまかそうとするので、判官もまた座興の続きという趣向でさんざんに懲らしめる。これを恨みに思った師直が将軍に讒言したため、判官は死ぬことになる。悪いのはたしかに師直なのだが、判官の側にも「やり過ぎ」があったように思われる。隠れてついていって、さんざん恥をかかせるというのは、痛快ではあるかも知れないが、相応に意地悪という見方もできる。
以上は『物見車』の上巻である。中巻では、取り持ちをきちんとしなかった侍従という侍女が師直のために殺され、その父・又五郎が塩冶の家臣・八幡六郎の助けを得て、敵の片割れ小林民部を討ち取るという話になっている。下巻は、『物見車』にない。これにあたるのが『碁盤太平記』ということになる。大星由良之介と改名した八幡六郎らが師直を討つという物語である。
『碁盤太平記』はたしかに『仮名手本忠臣蔵』の先行作なのだが、『兼好法師物見車』の方は人物像も筋立ても大分違っている。『物見車』はむしろ『太平記』の演劇化であって、ここには赤穂事件の色彩はほとんどない。「忠臣蔵」は単に赤穂事件の演劇化ではなく、『太平記』の演劇化でもあるという複雑な構造を理解する必要がある。
こうしたことを、今尾哲也氏の著書『吉良の首』(平凡社)などから学ぶわけだが、やはり「忠臣蔵」は奥が深いと思うのである。
2002年03月10日