かくすればかくなるものと知りながら已むに已まれぬ大和魂

 有名な吉田松陰の歌である。この歌、下田で密航に失敗し、江戸に送られる途中、泉岳寺の脇を通ったときに詠んだものであるらしい。
 松陰は下田の獄中でも『赤穂義士伝』を読んだという。もっとも、『三河風土記』『真田三代記』を番人から借覧したという記事と併せて考えれば、番人が実録物好きであったというだけかも知れない。それにしても、その記事に感銘を受けて護送中余分なものを口にしなかったというのだから、相当な義士びいきだったことは疑いない。

 この歌を松陰の辞世とする人もある。新渡戸稲造『武士道』にあるので、由ってくるところはかなり古そうである。恐らくは『留魂録』にある「身はたとひ」の歌と混同したのであろう。

 身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂

 松陰に限らず、幕末において義士伝は政治的立場を超えた倫理規範の供給源だった。それが幸せなことであったかどうかは、いま判断の外である。
2002年02月11日