「忠臣蔵とテロリズム」のさらに続き。

忠臣蔵文化を扱った著作には、桜田門外の変や二・二六事件に言及するものがある。雪中の闘争という劇的効果もあるけれど、それだけではなく心性に共通するものが感じられるということだろう。これは赤穂浪士テロリスト説に有利な証拠だろうか。

ここでも、どういう視点で類同性があると考えられていたかが重要であろう。たとえば『土佐勤王史』には、桜田門外の変直後に「十七士の士気は感ずべきも、国法を犯せる挙動は如何」という意見に対し、間崎哲馬は笑って「是は所謂権道と云ふものぞ。赤穂義士の復讐沙汰も、国法上より之を論ずれば大罪人にあらずや」と言ったという。これは佐佐木高行の回想に、吉田東洋が「赤穂の四十七士は義士などと世人が賞揚するけれども、以ての外の事で、アレは国家の大法を破つたある」と言っていたというのと呼応する。要するに行為そのものの違法性を阻却するような志に着目しているというべきだろう。 同様の議論を展開するのが塩谷宕陰の上書とされるもので、偽書だとは思われるが、同時代のひとつの認識としては有用であろう。筆者は、襲撃犯への寛刑(磔のところを獄門ぐらいにというのだが…)を説いたうえで、「事は違い候得共」と赤穂義士に論及し、忠義を尽くしたところを斟酌して寛大な処分をしたではないか、と続けていく。ここでも行為を同一視している訳ではなく、志気の点で共通しているという認識であろう。

水戸浪士を称揚する高須芳次郎氏に聞いてみようか。 「岩崎鏡川氏は、之を赤穂義士の快挙に類似するものとしてゐるが、その忠義の上で似たところがあるといふに留まり、環境や事情は、余程異なつてゐる。」正に、類似点は忠義の心情なのだ。「桜田烈士の心胸は…大分複雑なところがあり…政治上の意味が深く加はつてゐる」。高須氏はここをもって「優に赤穂義士を凌駕する」と評価するのだが、その当否は今の課題でない。
赤穂義士には、桜田烈士の政治性を欠く。両者の類似性を言う人たちも、政治性の欠如を指摘しているので、私にとっては友軍である。