仮名手本忠臣蔵の六段目で、原郷右衛門は「大星殿御親子を初めとして一味の義士は四十五人」と語り、「今また汝を差し加え」早野勘平をいれて46人と言っている。さらに七段目で寺岡平右衛門が加盟を認められて四十七士になる計算であるが、勘平(萱野三平)をいれて四十七人だとすると、誰かひとり行方不明になっているはずだ。それは誰だろう。

仮名手本の本文中個性をもって描かれる義士は多くない。名前すらはっきりしないままの者も多いが、それでも十一段目の最初に舟で乗り付けたメンバーが全員紹介されている。ただし、周知のとおり人名が改変されているから、それぞれの名前が誰を指すか、決めなければならない。誰にあたるか推定付きで紹介すると…。

1 大星由良之助義金(大石内蔵助)
2 原郷右衛門(原惣右衛門)
3 大星力弥(大石主税)
4 竹森喜多八(武林唯七)
5 片山源太(片岡源五右衛門?)
6 奥山孫七(奥田孫大夫)
7 須田五郎(矢田五郎右衛門)
8 勝田(勝田新左衛門)
9 早見(早水藤左衛門)
10 遠の森(富森助右衛門)
11 片山源五(?①)
12 大鷲源吾(大高源五)
13 吉田(吉田忠左衛門)
14 岡崎(岡島八十右衛門)
15 小寺(小野寺十内?)
16 立川甚兵衛(横川勘平)
17 不破(不破数右衛門)
18 前原(前原伊助)
19 深川弥次郎(?②)
20 川瀬忠太夫(間瀬久大夫)
21 大星瀬平(大石瀬左衛門)
22 奥村(?③)
23 岡野(岡野金右衛門)
24 小寺が嫡子(小野寺幸右衛門)
25 中村(中村勘助)
26 矢島(矢頭右衛門七)
27 牧(?④)
28 平賀(?⑤)
29 芦野(?⑥)
30 菅野(菅谷半之丞)
31 千葉(千馬三郎兵衛)
32 村松(村松喜兵衛)
33 村橋伝治(倉橋伝助)
34 塩田(潮田又之丞)
35 赤根(赤埴源蔵)
36 磯川(礒貝十郎左衛門)
37 遠松(近松勘六)
38 杉野(杉野十平次)
39 三村の次郎(三村次郎左衛門)
40 木村(木村岡右衛門)
41 千崎弥五郎(神崎与五郎)
42 堀井の弥惣(堀部弥兵衛)
43 同弥九郎(堀部安兵衛)
44 矢間重太郎(間十次郎)
45 寺岡平右衛門(寺坂吉右衛門)

あれえ、45人しかいない。私の数え間違いかも知れないが、とにかく行方不明者が増えてしまった。さらに、当てはめられなかった名前が6つ。私の推定が正しいと仮定して、ここに名前のないのが都合8人。順不同ながら列挙すると…

①間喜兵衛
②間新六
③吉田沢右衛門
④間瀬孫九郎
⑤村松三大夫
⑥奥田貞右衛門
⑦貝賀弥左衛門
⑧茅野和助

このうち6人は同苗が参加しているために曖昧になってしまったのであろう。孫九郎は「牧」に、貞右衛門は「奥村」に当てる手もあるが、父と苗字が変わってしまう。貝賀を「平賀」、茅野を「芦野」も強引すぎるだろうな…。「深川弥次郎」は処置なし。「片山源太・源五」はどっちかが残らざるを得ない。

と、いうわけで、名簿を一致させることはできず、従って誰がはずれたのかも特定できませんでした。ここまでお付き合いいただいた方、徒労でしたねえ(笑)。