下田踏晦事件の顛末を最も詳細に記した「三月二十七日夜の記」の添書にも、自分の行動を義士になぞらえた表現が見える。
兄・梅太郎のそうやって捕えられたことが何か国のためになったのかという問いを「頂門の一針」としながらも、それなら赤穂義士も伯夷・叔斉も国のためにはなってないですよね、と反論する。大事なのは結果ではない。動機(志)なのだ。
松陰の義士理解は、極めて動機主義的である。その志の純粋が賞賛される。そしてそれを自分自身と重ね合わせるのだから、これは一種のナルシシズムだろう。「かくすれば」の歌も同じ事である。
同じ佐久間象山門下ながら、立場も人生も対照的なのが勝海舟だ。海舟も赤穂義士(というより大石内蔵助)を高く評価しているが、その論理は大きく異なる。海舟によれば、日本人の精神を支配していたのは「潔癖と短気」であり「逆境に処して平気で始末をつけるだけの腕のあるもの」がない。強いていえば大石良雄と山中鹿之助の2人だ、と言うのである(『氷川清話』)。動機を重視する松陰に対し、海舟は経過を重視する。純粋な精神は敢えて言わず、それを実現するまでの隠忍自重を称揚するのである。
海舟は自分を大石になぞらえた表現をしてはいない。しかし、江戸開城の経緯や福沢の海舟批判(『痩我慢の説』)とそれへの対応を想起したとき、やはり自分の行動と重ね合わせて見ているように思われる。
一方が正しくて一方が間違っているという問題ではない。同じ赤穂義士の物語から何を取り出してくるかの違いである。誰もが自分の好みの物語を読み込むことができる。これが、文化事象としての忠臣蔵の特性なのである。
兄・梅太郎のそうやって捕えられたことが何か国のためになったのかという問いを「頂門の一針」としながらも、それなら赤穂義士も伯夷・叔斉も国のためにはなってないですよね、と反論する。大事なのは結果ではない。動機(志)なのだ。
松陰の義士理解は、極めて動機主義的である。その志の純粋が賞賛される。そしてそれを自分自身と重ね合わせるのだから、これは一種のナルシシズムだろう。「かくすれば」の歌も同じ事である。
同じ佐久間象山門下ながら、立場も人生も対照的なのが勝海舟だ。海舟も赤穂義士(というより大石内蔵助)を高く評価しているが、その論理は大きく異なる。海舟によれば、日本人の精神を支配していたのは「潔癖と短気」であり「逆境に処して平気で始末をつけるだけの腕のあるもの」がない。強いていえば大石良雄と山中鹿之助の2人だ、と言うのである(『氷川清話』)。動機を重視する松陰に対し、海舟は経過を重視する。純粋な精神は敢えて言わず、それを実現するまでの隠忍自重を称揚するのである。
海舟は自分を大石になぞらえた表現をしてはいない。しかし、江戸開城の経緯や福沢の海舟批判(『痩我慢の説』)とそれへの対応を想起したとき、やはり自分の行動と重ね合わせて見ているように思われる。
一方が正しくて一方が間違っているという問題ではない。同じ赤穂義士の物語から何を取り出してくるかの違いである。誰もが自分の好みの物語を読み込むことができる。これが、文化事象としての忠臣蔵の特性なのである。