元禄14年4月19日、赤穂城は脇坂淡路守・木下肥後守に引き渡された。
映画・ドラマでは、しばしば脇坂淡路守が浅野内匠頭と親しかったという設定になっている。刃傷事件の際には、逃げる吉良と接触し、家紋に血がついたというのを口実に中啓で打擲。受城使となって赤穂に来ると温かい態度で接し、大石も心情の一端を吐露したりする。
脇坂役は錦之助もよいけれど、千恵蔵『忠臣蔵』の右太衛門が出色。内匠頭幼時の落書きを見て落涙する大石を受ける腹芸は流石の貫禄である。
もっとも、これらは残念ながら史実ではない。実際にあったことでいえば、前日の18日に目付らによる下検分が行われた際に、大石が「御家再興」を嘆願し、復命の際に報告するという回答を得たことが重要である。いま「御家再興」と書いたのは必ずしも正確ではなく、内匠頭の弟・大学長広の「人前」がなるように、という名誉回復の要求だったのであり、幕府がそれを実現しなかった場合に自力で実現すること(仇討)を正当化する重要なプロセスだったと考えられる。
このことは、はやる堀部安兵衛らに「以後の含み」もあると言ったこととも関わる。赤穂開城-大学左遷-討ち入りは論理的に繋がっている。赤穂開城は、松の廊下の刃傷事件の結末であると同時に、吉良邸討ち入りの起点なのである。
大石が「含みがある」と言ったから 4月19日は開城記念日
映画・ドラマでは、しばしば脇坂淡路守が浅野内匠頭と親しかったという設定になっている。刃傷事件の際には、逃げる吉良と接触し、家紋に血がついたというのを口実に中啓で打擲。受城使となって赤穂に来ると温かい態度で接し、大石も心情の一端を吐露したりする。
脇坂役は錦之助もよいけれど、千恵蔵『忠臣蔵』の右太衛門が出色。内匠頭幼時の落書きを見て落涙する大石を受ける腹芸は流石の貫禄である。
もっとも、これらは残念ながら史実ではない。実際にあったことでいえば、前日の18日に目付らによる下検分が行われた際に、大石が「御家再興」を嘆願し、復命の際に報告するという回答を得たことが重要である。いま「御家再興」と書いたのは必ずしも正確ではなく、内匠頭の弟・大学長広の「人前」がなるように、という名誉回復の要求だったのであり、幕府がそれを実現しなかった場合に自力で実現すること(仇討)を正当化する重要なプロセスだったと考えられる。
このことは、はやる堀部安兵衛らに「以後の含み」もあると言ったこととも関わる。赤穂開城-大学左遷-討ち入りは論理的に繋がっている。赤穂開城は、松の廊下の刃傷事件の結末であると同時に、吉良邸討ち入りの起点なのである。
大石が「含みがある」と言ったから 4月19日は開城記念日