浅草の浪曲大会「大忠臣蔵」のチラ シを見ながらおもうこと。
ひとつは、女流の多さである。いや、女流がいけないという訳ではないけれど、やはり浪花節の魅力を発揮できるのは男性の野太い声。蝶々夫人のアリアをバスバリトンは歌うまいに…。浪曲協会のサイトを見るに、現況では女流の方が多数派で、男性浪曲師を指して「男流」なんて表現まで出る始末。うーん、がんばれ、男の子!(これ、浪曲ほどじゃないけど、講談の方も心配であります)
で、もうひとつはタイトルの「忠臣蔵」だ。なぜ「義士伝」を使わない?いや、使わない理由はわかっている。その方が通りがいいからだ。しかしあえて言うが、「義士伝」を守ってほしいのだ。
(広義の)「忠臣蔵」の世界は、3つの円から成り立っている。ひとつは史実としての「赤穂事件」であり、二番目がそこから生まれた諸伝説「義士伝」の世界である。そして三番目が、さらに派生した「仮名手本」(狭義の忠臣蔵)の世界である。そして、その三者の微妙な関係を包括して全体の「忠臣蔵」文化が存立している。
全体が「忠臣蔵」になったのは、近代において映像文化が圧倒的な支配力をもったこと、及びその出発期に中心となったのが演劇(歌舞伎)関係者、すなわち「仮名手本」の世界の担い手だったからであろう。
講談・浪曲などの話芸が「義士伝」の世界の担い手だった。それを継承する気概をもって堂々と「義士伝」を名乗ってほしい。
史実を扱う方もあまり軽々しく「忠臣蔵」をうたわない方がいいと思う。出版社は売れるタイトルつけたいだろうけれども…。
ひとつは、女流の多さである。いや、女流がいけないという訳ではないけれど、やはり浪花節の魅力を発揮できるのは男性の野太い声。蝶々夫人のアリアをバスバリトンは歌うまいに…。浪曲協会のサイトを見るに、現況では女流の方が多数派で、男性浪曲師を指して「男流」なんて表現まで出る始末。うーん、がんばれ、男の子!(これ、浪曲ほどじゃないけど、講談の方も心配であります)
で、もうひとつはタイトルの「忠臣蔵」だ。なぜ「義士伝」を使わない?いや、使わない理由はわかっている。その方が通りがいいからだ。しかしあえて言うが、「義士伝」を守ってほしいのだ。
(広義の)「忠臣蔵」の世界は、3つの円から成り立っている。ひとつは史実としての「赤穂事件」であり、二番目がそこから生まれた諸伝説「義士伝」の世界である。そして三番目が、さらに派生した「仮名手本」(狭義の忠臣蔵)の世界である。そして、その三者の微妙な関係を包括して全体の「忠臣蔵」文化が存立している。
全体が「忠臣蔵」になったのは、近代において映像文化が圧倒的な支配力をもったこと、及びその出発期に中心となったのが演劇(歌舞伎)関係者、すなわち「仮名手本」の世界の担い手だったからであろう。
講談・浪曲などの話芸が「義士伝」の世界の担い手だった。それを継承する気概をもって堂々と「義士伝」を名乗ってほしい。
史実を扱う方もあまり軽々しく「忠臣蔵」をうたわない方がいいと思う。出版社は売れるタイトルつけたいだろうけれども…。