赤穂高女の義士教育先般話題にした「義烈 行」の参考になる資料はないかと探してみたら、近代デジタルライブラリーに校友会誌『蓼の華』を発見した。発行は1936(昭和11)年。このなかに「本校の義士教育」という文章があり、特別なプログラムが組まれていたことが知られる。また、その一環として「義士讃歌」が計画されており、「義烈行」の生まれた背景が理解される。ほかに独自教材「義士鑑」を収載。すでに内海定治郎氏は同校を離れており、中心的な役割を果たしていたのは松井利男氏らしい。興味深いものなので、紹介しておく。