復活節第7主日です。

日本の教会では休日に合わせて

「主の昇天」のミサです。

 

ここでは第7主日を取り上げます。

 

福音はヨハネ17の1-11a 

「イエスの祈り」です。

 

 

入祭唱

Exaudi, Domine, vocem meam qua clamavi ad te, alleluia :

tibi dixit cor meum, quaesivi vultum tuum,

vultum tuum Domine requiram:

ne avertas faciem tuam a me, alleluia, alleluia.

PS, Dominus illuminatio mea, et sulus mea :

  quem timebo?

 

聖書を読みながら訳を書いてみると

(アンティフォナ)

主よ、私の呼びかける声を聞いてください。アレルヤ。

あなたに私の心は言いました「私は御顔を尋ね求める」と。

御顔を請い求めます、主よ。

御顔を私からそらさないでください。アレルヤ。アレルヤ。

(詩編唱)

主はわが光、わが救い。

私は誰を恐れよう。

(アンティフォナと詩編唱はともに、詩編27による。)

 

2行目の「」は聖書では異なっている。

 

 

・ お願いの仕方に、命令法と接続法がある。ニコ

一行目の”exaudi”と四行目の”ne avertas”

 

”exaudi”

 exaudio(聴く、聞き入れる など)

 命令法

 

”avertas”

 averto(逸らす、防ぐ、横取りする など)

  接続法、能動態、現在時制、2人称、単数

 ne avertas で否定命令「そらさないでください」

 

 

・ 時制について日本語と比較(ってか妄想)イヒ

一行目

Exaudi Domine, vocem meam qua clamavi ad te.

英語

O Lord, hear my voice, for I have called to you.

イタリア語

Ascola, Signore, la mia voce, con la quale ti ho invocato. 

日本語

主よ、私の呼びかける声を聞いてください。

 

”clamavi”

 clamo(呼ぶ、叫ぶ など)

 直接法、能動態、完了、一人称、単数

 

(妄想)

 聞くのは叫ばれたものを受け止めるから、完了?

 日本語では聴く対象には完了形に相当する文法を用いない?

(妄想は以上)

 

 

・ 似た意味をもつ異なる2つの語を用いるニコ

 

 ”quaesivi < quaeso” と ”requiram < requiro”

 quaeso はクエストのもとの形

  requiro はレクイエムのもとの形

 意味は 探す、求める、探求する など

   

 ”vultum < vultus” と ”faciem < facies”

 意味は 顔 と 外面、容貌など

 

 

名詞facies と 動詞facto(為す、行う) には

何らかの関連性を感じる。

日本語に「造作」という語があるが。

 

 

 

今回の入祭唱を勉強したあとで

福音のイエスの祈りの個所を読み

伝わってくるものを感じた。かお

 

 

ま、でも聖書の読み方は人それぞれ。

そこに踏み込むつもりはありません。ニコニコ