昔を愛す。
昔にあった香りを私は知らない。
昔の言葉の語気を私は知らない。
昔の仕事を私は見ていない。
私が今ここで真っ逆さまになっても昔へ行けない。
今を愛す。
朝、外へ出ると道路に昨夜の雨の香りが残っている。
ご近所から聞こえる会話は、会話が生まれるより前にも、会話が消えた後にも続いている。
肉眼では見えないけれど、あのたくさん垂れている黒い電線の、一本一本にはいつも電気が流れているのだろう。それももう少しすれば地中に埋められて、さらに見えなくなるのだろう。
真っ直ぐ自転車を漕ぐ。
私の生まれていない昔を、愛す理由を私は知る。