馬の話ばっかりなので、音楽ネタを。
「音楽ってのは、人が人を慰める為につくったもの」
って、母ちゃんに聞いたことがあります。
ホントかどうかわかりませんが、日常生活で無音になる瞬間がないほど、
音ってものはすごく身近な存在です。
音楽というものに関心を持ち始めたのは、小学4年生くらいの時でしょうか。
小室ミュージックが隆盛を極めたころ、
ひたすらtrfの8cmCDを買っていた記憶があります。
そんなPOPミュージックから脱却したのは、
中学3年生後半~高校生にかけて、黒夢に影響されたことが大きいと思います。
知る人ぞ知る、現SADSの清春がボーカルのバンド。
初めはヴィジュアル系に属していながらPOP色を強めていき、
最終的にはハードコアないしパンクに分されております。
自身、初めてアーティストのライブに行ったのは黒夢でした。
忘れもしません、1995年10月30日。(1995年か96年だったと、日付は間違いありません)
この日は清春の誕生日、たまたまの宮崎公演。
これは行くしかないと、チケット一般発売開始当日10時、
ドキドキしながら電話をかけて、チケットをGETしたのを覚えています。
ライブ当日、学校をサボって友達と会場へ向かったところ、
開始1時間前だというのに閑散とした状況。。。
何かトラブルがあったのかと思い、ラジオを聴いたのですが、
「今日予定されていた黒夢のライブは、
清春の体調不良により中止になりました」
真偽は定かではありませんが、この頃清春と人時が相当モメてたらしく、
宮崎ライブを中止して間もなく、解散発表。
一生見れないものかと思っていましたが、
翌年1月(1.31解散ライブ1週間前)に振替公演をやってくれました。
席は2階の最前列で、友達と2人で異様な盛り上がりで、
清春が僕らのことを指さしてくれたことを忘れません。
(2階席で暴れていたのは自分たちだけだったので、勘違いではないと信じたい)
黒夢好きな人なら分かるんですけど、Like@Angel では涙しました。
遡ってその1年前、中学3年生の時からギターをやっていましたが、
不器用さから音楽で喰って行けないと悟っていた頃であり、
黒夢のLIVEを見て、PA(音響調整)なら一生音楽に携わっていける、
むしろ黒夢のようなバンドと全国を回ってみたい、
そんな夢を描いた頃でもありました。
高校3年生、進路を決定しなければいけない時、
PAになる為に福岡の音楽専門学校を志願しました。
しかし先生から、「専門学校は誰でも入れるから、とりあえず大学を受けなさい」
と言われ、受けた大学に合格。
親戚等々が合格したことに異様な盛り上がりを見せ、音楽専門学校への道を断念。
もともと行きたくて行ったわけでもないから足が遠のき、
途中で退学して、今やパチンコ屋の設定師&釘師へ成り下がっているわけです。。
でも大学に入ったおかげで、かけがえのない人たちとの出会いがあったのも事実で、
後悔はしてません。むしろ卒業しなかったことに後悔してるくらいです。
途中から過去の人生の話になっちゃいましたけど、
人生どんなシーンでも、音楽が自分を支えてきたことに間違いないと思います。
そして現在、中古で買ったベースを弾く毎日ですが、
やっぱりバンドやってみたいと思いました。
別にライブやんなくていいし、スタジオで音を合わせるだけでもいいのです。
音を奏でるだけで心地良いし、自分が生きているような気がするからです。
人生、リセットボタンがあるならポチッと押してみたいもんです。
競馬も・・・