椿ラインを湯河原方面へ下る道すがらで、弟とAさんの話を聞いてみます。
「俺、ずっとあそこが現場だったんだと思っていたんですけどね。」
その言う弟に、
「いやいや。だって、撮影隊は全部で100人くらいいたんですよ。あの石垣の上じゃ100人も人が乗れないでしょう?あそこじゃないですよ。」
そうAさんは答えました。

(…ふむ。)

ハンドルを握って二人のやりとりを聞きながら、どうやらAさんも事故現場がどこだったのかをあまりはっきりと把握していなかったのではないか、という印象を私は抱いていました。

芦ノ湖から椿ラインを大観山まで登ってくる間Aさんがずっと無反応だったのは、その道があの時撮影に使われていた道路だったかどうかに確信が持てず、リアクションのしようがなかったからなのではないでしょうか。
現場までやって来て、実際にその景色を目にしたところで「ここが現場だ」と分かりはしたけれど、それが椿ラインのどこをどう走れば到達できる場所だったのか、恐らくAさんの頭の中にはその地図が描かれていなかったのではないかと思います。
あるいは、「コースが大観山の湯河原側の坂道だった」ということも、私にそう言われて初めて分かったのかもしれません。
Aさんが間違いなく言えたのは、実は「現場は大観山山頂付近の右コーナーだった」という一点だけだったのです。

それを裏付けるように、Aさんは大観山から下る椿ラインの道すがらでレースシーンの撮影がどのように行われたものだったのかを話して下さいました。

「映画の撮影って言ったっていい加減なもんでね。撮影の当日みんなしてここまで連れて来られて、映画会社の人に『ここを走ってくれ』って言われて、私らは言われた通り走っただけだったんですよ。バタバタっと撮影隊が現場までやって来て、慌ただしくスタートが切られてシーンの撮影が始まったんです。だから、場所がどこだったか、なんて連れて来られた私らにゃ分かりゃしません。あんな調子じゃ、きちんと撮影のための道路封鎖が行われていたかどうかだって分かったもんじゃないですよ。」
「…そこへ来てあんな事故が起こったものだから、みんなして『こりゃ大変だ』ってあわてて秋山さんを助け出して、大急ぎで病院まで運んで、ということですか。」
「そうです。」
「なるほど…。それじゃ、なおのことコースがどこだったかなんて、把握している余裕なんかなかったかもしれませんね。」
「そうですよ。」

椿ラインを下り、大観山レストハウスの駐車場から見えたレーダードーム下のカーブに差し掛かりました。

椿ラインは、ここから更に坂を下ってしまうと現在の大観山からは山の影になってしまったり、木々に視界を遮られてしまったりで、直接目視することができません。
昭和34年当時と現在とでは木々の茂り方や丈も違うでしょうから、完全に当時の大観山からの椿ラインの見え方を再現してみることは不可能で、スタート地点がどこだったかを特定させてくれる材料がありません。

何よりも、Aさんご自身、コースのスタート地点がどこだったのか、覚えておられませんでした。
まあ、これは致し方のないところだと私も思います。
土地勘のないところに突然連れて来られた上に、初めての道路をレースに近いペースで走る様に求められたのですから、当然周囲の状況を眺めている暇などあるはずもありません。
記憶に引っかかる部分がなかったとしても無理のないところでしょう。
そんな訳で、残念ながらスタート地点がどこだったのかを特定できるまでには至りませんでした。

頃合いの地点で車をUターンさせ、再び大観山レストハウスまで戻ることにしました。


(後日談)

イメージ 1

これは後日、レーダードーム下のカーブ出口(大観山方面から下って来て)付近を撮影したものです。

この日はあまり天気が良くなくて、大観山山頂付近はガスで良く見えませんでしたが、天気が良ければこの写真向かって左の写真の切れた辺りに、大観山山頂を望み見ることができます。

NHKのプロジェクトXの1シーンに、レースシーンのスタート地点でスタートを待つスピードクラブの面々を撮影したものと思われるスチル写真がありましたが、これを見ると、道路にオートバイを並べて待機している面々の進行方向向かって左側が山になっています。

イメージ 2

実はこのスタート地点らしき場所の状況って、秋山呆榮さんの手記にある「右側が石垣」という記述と符合していないのですね。

椿ラインの湯河原側の坂道には、大観山へ向かう進行方向左側が山になっているところ、というのが、実はあまりありません。
無論、全くない訳ではないのですが、「それが大観山から目視できる」あるいは「50年前ならできたかもしれない」と思われるところ、というと、私がこれまで検証した限りでは、どうもこのレーダードーム下の地点しかないように思われるのです。

残念ながらこれを断定できるだけの証拠がありませんが、この現在のレーダードーム下のコーナー手前(湯河原から登って来て)の辺りが、レースシーン撮影のスタート地点だった可能性がかなり高いのではないか、と私は思っています。