結果的に、何百台、何千台という大量生産の現場にあっては、たかがネジひとつの構造を見直すだけで、車一台作るのに必要な時間くらいは、簡単に捻出することができるようになるという訳だ。
まさにコロンブスの卵である。

宗一郎は続けた。
「日本が戦争に負けるわけだ、と、俺は思わんではいられなんだ。世間じゃ、日本は物資がないから戦争に負けた、といわれてるが、それだけじゃねえ。知恵だって負けてたんだよ。日本じゃ、大本営が作れ、っていうものを、昔っからの、なんの進歩もねえやり方で作ってるってのに、やつらはこんな小さいネジひとつにだって、もっとうまく使える形はねえか、って知恵を絞って工夫してたんだよ。」

「プラスネジ」は、工業技術が高度に発達した後、その工業技術を生かした、製品の大量生産を考えた時に、初めて生まれるであろう工夫だった。
メーカーが大量生産でコストを吸収するためには、大量に生産された製品を大量に購入し、消費する強い経済力を持った社会が必要である。
すなわち、このちっぽけなプラスネジが物語っているのは、日本と欧米の技術力の差というより、経済力の差、国力の差だ、と宗一郎は考えた。