『イクサガミ』とは『蟲毒』です。
『蠱毒』はイクサガミ内で行われている生き残りゲームのことでしょ?
テーマではあるけどイクサガミが蟲毒ってどうゆうこと?
では、解説していきます。
あなたはイクサガミを初めてみたときどう感じましたか?
ぶっちゃけ映画版のるろうに剣心に似てると思いませんですか?
主人公は、岡田准一が演じる人斬り刻舟と呼ばれる幕末活躍した維新志士。
ほぼ緋村剣心ですw
登場キャラクターやあらゆる設定がいろんな作品をパk(オマージュ)しまくってます。
正直るろうに剣心をベースにいろんな作品要素を取り入れた作品つくってってAIにいえばできてしまいそうな作品なんです。
つまり100匹ごちゃ混ぜで蠱毒。
100作品ごちゃ混ぜででイクサガミなんです。
もう一つのテーマとして武士の最期があります。
刀や江戸という時代から明治へ。
作品では蠱毒で侍、武士の最期を描いてる。
小説家や絵師も、江戸から明治の様に技術革新による時代の変異点にいる。
自力のみの創作活動からAIを利用した作品創りにシフトしてる。
イクサガミという作品自体で、作家のオリジナリティの最期も描いた作品。
イクサガミ以降は何を書いてもイクサガミの二番煎じですよねといわれる呪いを全体にかけてる。
本当は3番どころか4番煎じくらいの感覚だけどw。
作品の裏テーマとしてローテクになってしまった技術に価値はあるのか問題がある。
現状、価値はある。
ただしそれは、受け取り側とある種のファンタジーを共有しないとダメな価値。
手間を掛けた、魂がこもってるという付加価値ファンタジーに過ぎない。
明治初期に起きたことは、令和初期にも起きてるよって入れ子構造。
チ。にも近い話のつくり。
中世の地動説のごたごた騒動は令和でも同じようなことが新しいナニカをきっかけに起きますよって話。
新しいナニカ、技術革新なり、それまでの絶対が破壊される時のごたごた話は無数にある。
今から見ると旧時代の人間が最初は反発し、存在を消そうとする。
でも覆せないほどの力をもつナニカを利用、応用して成功する物が出る。
馴染めないまま消えていく人もでる。
自動車や電車ができたあとの馬車みたいなもんで、大勢が決まると一気に到達されて激減する。
生き残ったわずかな一部には希少価値や儀礼的側面なんかがうまれる。
イクサガミでは古いモノの象徴が刀でありそれを使う武士。 イクサガミには、おじいさんのランプ要素も入ってる。ろうそく→ランプ→電気(白熱電球)→蛍光灯→LED 技術革新によりハイテクがローテクになる。 栄枯盛衰そのたびに起こるし、ローテク狩りに耐え、それでも使われ、生き残るローテクもある。 令和でAIを使わず、自力のこだわるクリエーターは、明治初期に刀にこだわる武士って主張。
貫地谷無骨が嵯峨愁二郎にこだわり、幸福そうに死んだラストになったは、武士や刀に価値があるというファンタジーが2人のなかで共有できてたから。
イクサガミの蠱毒対比。
壺=蠱毒ゲーム=AI
毒虫=武士=ヒット作
生き残り=X=イクサガミ
時代変動、新旧対比 刀⇔銃
創作活動 自作⇔AI