生餌の方が口に合うだろうと、猫缶を餌に選んだ。缶詰めを取り出そうと戸棚に近付くだけで、「ご飯だ!」と寄ってくる。そうして、目を細めながらハグハグと実に美味しそうに食べている。座っている後ろ姿をじっと見ていると、微妙に傾いて見える。左右対称でないからだ。肩の所、左の肋骨等、触ってみると、不自然に飛び出ている。車にはねられたのか何かで骨折した後だ。自然にミーコの野良生活に思いは飛んだ。

  仕事場の周辺は、目付きの悪い黒猫や中型犬と間違えそうな大猫や、ブタ猫等、野良猫のスラム街とも言えるような所だった。路上駐車は至る処で見られるし、車の往来も多かったので、運悪く事故に遭ったのかも知れない。数いる野良猫達とミーコは対等に渡り合うことが出来ていたのだろうか。どう考えてもミーコは新参者だから、周囲の風当たりも強かっただろう。それが証拠に、この痩せ方。他の野良猫は案外栄養が足りているようなのに、ミーコだけがガリガリだった。近所には猫おばさんがいるという噂だったから、その餌をみんな食べてたんだろうな。ミーコはそのおこぼれを時々貰う程度だったのかも知れない。。

 

  子猫のミャーも拾われた時、ガリガリで目ばっかり大きかった。子猫の鳴き声が小さく聞こえるので、私が応えると車の下からのそのそ出て来たのである。あれは夏の夜、訪ねた先での出来事だった。大人しく抱っこされて嫌がらなかったので、元は家猫だと思われた。母さん猫が近くにいないかと、探したが見付からないし、捨て猫のようなので、私は連れ帰った。

 すっかり我が家になじんだ頃、リボンのようなものがミャーのお尻から出ているのを見た時はぞっとした。無知だった私は寄生虫の事など思いつかず、遊んでいた薄いリボンを丸呑みしたと勘違いしたからだ。

  猫に詳しい友人に相談すると、「それは虫よ」と教えられた。紹介されたナカマ獣医に、早速電話をかけた。

  薬を貰って一旦寄生虫の駆除は出来たが、次の卵を産み付ける前に薬を飲ませないと、完全な駆除にならないので、時間を置いてまた飲ませないといけないらしい。また、虫によって効く薬が違うので、他の虫がいないかどうか、しばらくミャーの便の様子を良く観察するようにとのお医者さんの言葉だった。

  薬を飲ませれば、簡単に便と共に虫が出ると思っていたが、実際はすごく大変で、ミャーは長い虫をひきずりながら、部屋の中を駆け回り、大荒れだった。何メートルもあるような成虫だったので、気持ち悪さはこの上ないことだっただろう。

  家猫として生れたが、飼って貰えず捨てられたミャーは、私に出会うまでの期間、蛙やトカゲ、ミミズなどを狩して命をつないでいたのだ。

  虫騒ぎを通して、幼いミャーが野良で生きることがいかに大変だったか、私にも見えてきた。お腹いっぱいになど、なることはなかったであろう。ちょっぴりの虫を食べ、後は水を飲んでいたに違いない。乾いた場所で気持良くねむることなど、毎日望めることではなかったろう。私の前で見せているように、お腹を出して安心しきって眠ることなどなかったであろう。

  ミャーが野良時代を生き延びてくれて良かった、と心から思った。何でも食べて、寄生虫が湧くような物でも食べて、とにかく生きていてくれて良かった…と。

 

  そんな事を思い出し、今ここにこうしているミーコとの縁の不思議さを思った。ミーコのお腹を撫でると、乳首が手に触り、なんか撫でにくい。女だからか、経産婦だからか。「ねえミーコ、お前、好きな人はいたの?赤ちゃんを産んだことはあるの?」大人の女同士ならではの質問も出来るというものである。