2018年、人生で初めてのフルマラソンを走りました。
いや、正確には途中歩きましたが…
私は高校を卒業すると同時に30代まで東京に住んでいました。
漫画家を目指して上京しましたが、漫画家のアシスタントをしたり、アルバイト生活に追われて
結局は自分の才能の無さや色々なことに疲れてしまっていました。
東京を流れる荒川の河川敷は、その頃の私にとってオアシスのような場所でした。
街の喧騒から離れ、自分自身と会話が出来る場所というか、そこに居るだけで癒されるようでした。
当時は池袋に住んでいましたが、御徒町で仕事が終わってから自転車で荒川の河川敷まで向かう日々もありました。
私のお気に入りは東北新幹線の見える浮間周辺で、土手に座って夕日を見ながらタバコを吸っているだけで何とも気持ちが落ち着くように感じていたように思います。
田舎に戻ってから、何の目標もなく、ただ休日は車を走らせ目的地のない気ままなドライブをし、1日1日が過ぎていきました。
荒川の河川敷は、田舎に戻ってからも行ってみたい場所のままでした。
ただ、350km以上離れてしまった荒川の河川敷は、以前のように気軽に行けるような場所ではなくなっていました。
あれから14年が過ぎました。
もう完全にオッサン化してしまった私は、生きる化石となっていました。
月日は経っても何1つ変わる事なく、いまだ荒川のあの原風景を心の糧にして生きていました。
2012年、震災の翌年、私はひょんなことから被災地のマラソン大会に出ていました。
(たまたま参加した街コンでマラソンが趣味だという女性と話を合わせようと、むりやり「俺もやってるんですよ」みたいな大ボラをふいてしまったのがきっかけでした)
5kmのレースだったと思いますが、それに出てからというもの、毎年そのレースに出るようになりました。
(その女性は大会には来なくて会えずじまいでしたが、マラソンという偉大なる趣味に出逢えたのでした)
10km、ハーフと年々距離は伸びていき、ハーフは1時間25分程度で走れるようになりました。
そんなある日、荒川の河川敷でフルマラソンの大会がるということを目にしました。
初めてのフルマラソンは、憧れの荒川の河川敷を走りたいとすぐに申し込みました。
ホテルも予約し前日に現地入りしました。
まさに昨年のこと、夢のようなマラソン大会でした。
初めてのフルマラソンで気合いが入っていたのですが、なんとレースの1週間前に原因不明の鮮血が排尿と共にありました。
尿道よりカメラを入れ、検査した結果、尿管結石だったようです。
ドクターストップはあったのですが、そのまま走ってしまいました。
幸い血尿は無く、完走もすることが出来ました。
実をいいますといきなりサブ3を狙っていたのですが、フルマラソンは、ハーフマラソンとは全く次元の違う、はったりの利かないものであるということをレース中に痛いほど味わう事となりました。
25km過ぎからの大失速、これまでに経験したことのない情景がそこにはありました。
足が思うように動いてくれないのです。
何度も歩きました。
それでも3時間20分台でゴールすることが出来ましたが、足はぼろぼろで豆だらけでした。
今年こそはとリベンジに燃えていたのですが、今年も1週間前になり不調。
左足の脹脛の痛みで歩く事もままならなくなり仕事も1日休みました。
病院受診したところ肉離れとのことでした。
実は明日が板橋Cityマラソン2019のレース当日なのですが、私はいまだに田舎に居ます。
数ヶ月前からホテルの予約も入れていましたが、キャンセルしてしまいました。
幸い軽い肉離れだったようで、昨日あたりから普通に歩行は出来るようになっているのですが、
走ると痛みが出て、1kmも走り続ける事が出来ません。
こんな状態でレースに出たとしても、おそらく途中で歩いてしまうのだろうなと思います。
10kmやハーフなら多少の無理も効くと思いますが、今の自分にとって42.195kmはそんなに甘くない。
ネットを見ていると、同じようなことで悩んでいる方がたくさんいました。
遅いペースでも走れるなら出たいのですが、
ペースを落としても完走出来るかどうか、まして、その後の事を考えると、今は無理をする時ではないという結論に至りました。
生まれて初めてのマラソン大会 欠場です。
精神的に落ち込みが大きいです。
日に日に脹脛の状態は良くなっていて、もしかしたら明日のスタート時刻までには、遅いペースでなら走りきれるようにまで回復しているかもしれません。
そう考えると、いまからならまだ間に合うのかな、とか色々と考えてしまいます。
こうしてパソコンの前にいると大丈夫そうなんですが、いざ走ってみると、やはり痛いんですよね。
明日は荒川には行けないけど、誰もみていない田舎の小さな河川敷でひとりリハビリに励もうと思います。