領土は陸地、領海は低潮時の海岸線より原則として12海里(約22㎞)領空は領土と領海の上の空となります。

 俗に言う「領海侵犯」とは、「沿岸国の領海内において外国の公船・官船や外国籍の商業船が沿岸国の政府の同意のないまま、無害通航権の範囲を超えて何らかの活動を行うこと」を指して使用される報道用語で、国際法(条約、慣習国際法、法の一般原則)で規定されている「領空侵犯」とは異なり、法律用語ではありません。

 従って、ここでは「不法な領海侵入」と記しておきます。また文中の○○条とは意訳している部分もありますが、国連海洋法条約中の該当条文となります。

 

 

 

不法な領海侵入

 

■領海における無害通航権

 すべての国の船舶は領海において無害通航権を有しています。(第17条)

 このように、沿岸国の領海内を外国の軍艦や哨戒艦艇その他の公船・官船が平和・秩序・安全を害さないことを条件に、事前に通告することなく領海内を通航することが出来る権利のことを無害通航権といいます。(第18条)

 

 従って、「不法な領海侵入」とは

1,他国の船舶が領海内に進入し、

2,無害通航に反する停泊などの下記行為、主権国の権利を害する行為など

の2点を以って初めて成立することとなります。

 

 このように、単純に侵入だけで領海を侵犯したと言えないのが、領空侵犯との大きな違いとなります。

 無害でない行為(不法な領海侵入)の代表的なものとしては、

〇種類の如何を問わない兵器を用いる訓練又は演習軍事行動

〇沿岸国の防衛又は安全を害するような情報の収集を目的とする行為

〇航空機の発着又は積込み

〇漁獲行為

 〇調査活動又は測量活動の実施

などが挙げられます。(第19条)

 

わが国周辺海空域での警戒監視のイメージ

 

■不法な領海侵入行動に対する国際法の規定

 一方、海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)は、外国の船舶による無害通航でない通航を防止するために領海内で必要な措置をとることができるとし(第25条)、また、外国の軍艦や哨戒艦艇など公船に対しては、沿岸国の領海の通航に係る法令の遵守を要請するとともに、その要請が無視された場合、領海から直ちに退去することを要求できると定めています。(第30条)。

 

■取りうる措置

 しかしながら、防止するために執りうる措置の内容については規定しておらず、国際慣習法によるものとされ、以下のように理解されているようです。

〇対商船

領海内で無害通航でない通航その他の活動を行う商船には、質問、強制停船、臨検、拿捕(だほ)、強制退去などの措置を行うことが出来る。

〇対軍艦

無害通航でない通航、その他の活動を行う軍艦に対しては、その活動の中止や領海外への退去を要求できますが、『沿岸国の管轄権からの免除』が特権として定められており、臨検、拿捕、警告射撃など強制的な手段は困難と解されています。

 

■日本の領海において無害通航権を逸脱した場合の対処方法

 日本の領海においては、

1,外国漁船の違法操業の場合は「外国人漁業の規制に関する法律」違反。

2,民間船舶が領海内を徘徊し続けた場合は「領海等における外国船舶の航行に関する法律」違反となります。

 これらの不法な領海侵入にたいして、外国の公船や民間船舶の領海警備は海上保安庁や水産庁が対処し、外国の軍艦に対しては海上自衛隊が対応することになっています。

 また、周辺海域の哨戒に関してはP-3C哨戒機などで海上自衛隊が24時間態勢で行っており、不審船等の情報を海上保安庁に通報する体制が整えられており、領海に接続する「接続水域」は海岸線から24海里(約44.4km)までの海を指しますが、領海で起こりうる犯罪行為を取り締まることができます。

 

出典:令和2年防衛白書 日本の周りの軍事情勢より

 

■国連海洋法条約第111条 追跡権について

  沿岸国の権限のある当局は、外国船舶が自国の法令に違反したと信ずるに足りる十分な理由があるときは、当該外国船舶の追跡を行うことができます。(同条1項)

 この追跡は、

①     追跡国の内水、群島水域、領海又は接続水域にある時に開始し、中断されない限り、領海又は接続水域の外において引き続き行うことができます。

②     領海、接続水域にある外国船舶が停船命令を受ける時に、その命令を発する船舶も同様に領海又は接続水域にあることは必要ありません。

③     接続水域にあるときの追跡は、当該接続水域の設定によって保護しようとする権利の侵害があった場合に限り行うことができます。

 

2 追跡権については、排他的経済水域又は大陸棚(大陸棚上の施設の周囲の安全水域を含む)において、適用される沿岸国の法令の違反がある場合に準用されます。

 

追跡権は、被追跡船舶がその旗国(船舶や航空機が登録され、所属している国)又は第三国の領海に入ると同時に消滅します。

 

4 追跡は、被追跡船舶、そのボート、被追跡船艇を母船としてこれと一団となって作業する舟艇が領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚の上部にあることを追跡船舶が実行可能な手段により確認しない限り開始されたものとされません。従って、追跡は停船信号を外国船舶が視認し又は聞くことができる距離から発した後にのみ開始することができることとなります。

 

追跡権は、追跡するため権限を与えられている軍艦、軍用航空機、政府の公務に使用されていることが識別される船舶又は航空機のみ行使することができます。

 

6 追跡が航空機によって行われる場合には、1から4までの規定を準用します。(a

)。また、 停船命令を発した航空機は、船舶を自ら拿捕することができる場合を除き、自己が呼び寄せた船舶又は他の航空機が到着して追跡を引き継くまで、当該船舶を自ら積極的に追跡しなければなりません。(b)

当該船舶が停船命令を受け、かつ、当該航空機又は追跡を中断することなく引き続き行う他の航空機、船舶によって追跡されたのでない限り、領海の外における拿捕を正当化できません。

 

7 いずれかの国の管轄権の及ぶ範囲内で拿捕され、当局の審理を受けるためその国の港に護送される船舶は、護送の途中において排他的経済水域又は公海の一部を航行することが必要である場合に、その航行のみを理由として釈放を要求することができません。

 

8 追跡権の行使が正当とされない状況の下に領海の外において船舶が停止され又は拿捕されたときは、その船舶は、これにより被った損失又は損害に対する補償を受けることができます。

 

尖閣諸島周辺において領海侵入を繰り返す中国海警局の公船

 

■海上保安庁の対応

 海上保安庁では、不法な領海侵入を行っている、不法な領海侵入の疑いのある外国船舶を発見した場合や海上自衛隊等から通報を受けて現場に急行した場合は、国際的に定められた手順に則り、旗流信号、発光信号、汽笛、無線、スピーカーなどの音声信号により停船若しくは退去命令を出します。

 

■停船命令により停船した場合

 海上保安官が外国船舶に乗り移って臨検を行い、船籍・目的地・航行の目的・積荷・無通報の理由などを聴取し、場合によっては逮捕します。

 

■船舶が停船命令に従わず逃走する場合

 警告弾の投擲を行うほか、強行接舷により海上保安官の移乗を行い臨検し、「立入検査忌避罪」等の容疑で逮捕します。

 

■該当船舶に武装の可能性がある場合

 強行接舷に危険がある場合は、「海上保安庁法」第20条に基づき、武器使用が認められています。

①     船舶の進行の停止を繰り返し命じてもこれに応じない場合。

②     海上保安官又は海上保安官補の職務の執行に対して抵抗し、又は逃亡しようとする場合。

③     海上保安庁長官が当該船舶の外観、航海の態様、乗組員等の異常な挙動その他周囲の事情及びこれらに関連する情報から合理的に判断して次の各号のすべてに該当する事態であると認め、当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、合理的に必要と判断される限度において武器を使用することができます。(第20条2項)

 

 このすべてに該当する事態とは

1,当該船舶が、非商業的目的のみに使用される軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶を除く外国船舶であって、無害通航でない航行を我が国の内水又は領海において現に行っていると認められること。

2,当該航行を放置すればこれが将来において繰り返し行われる蓋然性があると認められること。

3,当該航行が我が国の領域内において三年以上の懲役、禁錮以上に当たる凶悪な罪(重大凶悪犯罪)を犯すのに必要な準備のため行われているのではないかとの疑いを払拭することができないと認められること、となります。

 

 この場合の海上保安庁の対応は

〇攻撃の意思を表す射撃警告。

〇上空や海面に向けて行う威嚇射撃。

〇停船に従わず逃走する場合は船体射撃を行い、状況を見て強行接舷を行います。

この際、海上保安庁法第20条に定められた条件を満たさない限り相手に危害を加えてはならず、実際の領海警備において海上保安庁が船体射撃をすることは極めて稀となります。

 

■海上保安庁による威嚇射撃の事例

海上保安庁船舶が威嚇射撃にまで到ったのは、1953年の船体射撃も実施した「ラズエズノイ号事件」、1999年の警告爆撃を実施した「能登半島沖不審船事件」、2001年の船体射撃を実施、後自爆自沈した「九州南西海域工作船事件」の3件のみとなります。

 詳細については、各事件を検索願います。

■海上警備行動

 対象船舶が強力な武器を所持していると見られる不審船が現れる、高速で逃亡する、潜水艦などの艦船等、海上保安庁の対応能力を超えていると判断されたときに、防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができ(自衛隊法第82条)、国会の承認は不要で、陸上自衛隊及び航空自衛隊の部隊も海上警備行動に参加することができます。

 海上警備行動が発令されたのは、1999年の「能登半島沖不審船事件」と2004年の「漢級原子力潜水艦領海侵犯事件」、2009年の「ソマリア沖海賊の対策部隊派遣」(海賊対処法成立前)の3件についてのみとなっています。

 詳細については、各事件を検索願います。

 

世界最大級とされる「1万トン級海警船」

 

■中国船の違法操業への対応

 中国漁船が尖閣諸島の海域を不法に領海侵入して違法操業をしている場合に限っては、逮捕や停船命令を出さずに退去命令に留める方針となっており、唯一の例外が、中国漁船が2度巡視船に衝突してきたことにより停船命令を出して公務執行妨害で逮捕した2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件があります。

 中国海警局の船に対しては日本の領海外への退去を要請したり、あるいは針路を変更するための接近をしたり、さらに日本漁船を保護するために海警局の船と漁船とのあいだに割り込んだりといった措置をとっています。

 このように、現行法では、海上警備行動が発令されない限り海上自衛隊が領海警備を行うことは不可能であるため、尖閣諸島中国漁船衝突事件を契機として、自衛隊が領海警備を行うことを可能とする「領域警備法」の制定を求める動きが強まっています。

 

 海保は海の警察であり、周辺国の海上警察組織と睨みあうことはあっても銃火を交えるような事態は回避してきました。

 

F-4EJ(改)

 

領空侵犯

 一方、他国の航空機・飛行物体が当該国の許可を得ず、領空に侵入・通過する国際法上(1944年11月のシカゴ条約ではすべての国は領土と領海の上空に主権を有する)の不法行為を領空侵犯と言いますが、航空自衛隊の戦闘機による緊急発進とはこの国籍不明航空機の侵入に際して、迎撃戦闘機が緊急出動(スクランブル発進)することをいいます。

 このスクランブル発進は領空侵犯すおそれがある場合に行うため、領空侵犯の回数と同じではありません。

なお、領空は大気圏までとなっていますので、高度100km以上の宇宙空間を移動する人工衛星や国際宇宙ステーションなどは領空侵犯には当たりません。

 

■自衛隊法第84条(対領空侵犯措置)

 自衛隊法には、「防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対しこれを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせること」が規定されており、航空自衛隊に与えられている任務となります。

 ここで重要なのはスクランブルの対象が『領空侵犯機』ではなく『領空侵犯のおそれのある航空機』ということです。

 領空侵犯を確認してから戦闘機を発進させても到底間に合わないので「領空侵犯するかもしれない」という疑いの時点で発進命令が下ります。

 

わが国の領空を守るF-2戦闘機

 

■防空識別圏(Air Defense Identification Zone, ADIZ)

 領空侵犯のおそれのある航空機の基準の為に設けられているのが『ADIZ:防空識別圏』というエリアです。英文の頭文字から「アディズ」や「エイディズ」と呼ばれます。

ただ、この防空識別圏は国際法で確立したものではありません。

 多くの国において、領海は12海里(約22㎞)に設定されており、ここを通過して領土上空に到達するまで、旅客機で1分強、超音速機であれば数十秒あれば可能であり、領空侵犯を確認してから対処するのでは、既に手遅れになり大変危険です。

 

■航空機の「領海から領土まで(22㎞)」の侵入時間例

〇旅客機の場合

 領土・領海間22㎞(22,000m)÷300m/秒(旅客機の速さ)=73秒で領土に到着。

〇戦闘機の場合

 22,000m÷(高度1万m、気温-50度でマッハは300m/秒に減少×マッハ2,5のF-15 戦闘機の場合=750m/秒)=29秒。>

 注意:音速は温度や気圧によって変わるため、正確には換算式を使ってその時の空気の状態に応じた値を求める必要があります。

 

日本国の防空識別圏(JADIZ)は、防衛庁長官の定める「防空識別圏における飛行要領に関する訓令」(昭和44年防衛庁訓令第36号)第2条第1項により定義され、1945年にGHQが制定した空域をほぼそのまま使用しています。

 従って、領空の外周の空域に防空識別圏を設定し、届けのない航空機が防空識別圏に進入した時点で、戦闘機を向かわせて警告を行うのが基本となります。

そのために、自衛隊では各地のレーダーサイトが防空識別圏内を飛行する航空機を常時監視しています。

 

 この中でフライトプラン(飛行計画)を提出している定期便の旅客機などの航空機、事前に連絡を入れている航空機などを『確認の取れている航空機』として防衛体制から省いていきます。

 そして所属や飛行目的が不明な機体を『国籍不明機・未確認飛行物体』と判断して、スクランブルの戦闘機を発進させます。

 

わが国周辺海域において警戒監視にあたる海自P-3C

 

■航空機が領空を侵犯した場合の対領空侵犯措置

〇レーダーサイトが、防空識別圏に接近している識別不明機を探知。

〇提出されている飛行計画と照合。

〇レーダーサイトが当該機に日本国航空自衛隊であることを名乗り、英語または当該国の言語で領空接近の通告を実施。

〇戦闘機をスクランブル発進させて目視で識別。

〇戦闘機から航空無線機の国際緊急周波数121.5MHzおよび243MHzで無線通告。

「貴機は日本領空に接近しつつある。速やかに針路を変更せよ。」

〇領空侵犯の無線警告と、当該機に向けて自機の翼を振り「我に続け」の警告を見せる。

「警告。貴機は日本領空を侵犯している。速やかに領空から退去せよ。」

「警告。貴機は日本領空を侵犯している。我の指示に従え。」

「You are approaching Japanese airspace territory. Follow my guidance.」

〇当該対象航空機の母国語での警告。

〇警告射撃を実施。

〇国際慣例上、軍用機に対しては退去を命じてもそれを無視され領空を侵犯する場合、これを攻撃しても問題はないとされています。

〇自機、僚機が攻撃された場合、国土や船舶が攻撃された場合は、自衛戦闘を行う。

 

 ただし、自衛隊法第84条には「着陸させる」か「領空外へ退去させる」の二つしかなく、侵犯軍用機に対する攻撃について明確な記述はありません。

 また防空識別圏(EEZ)には国際的な強制力は無く「余計な揉め事を起こさないために事前に連絡してよね」というニュアンスが込められています。

 日本が侵犯機に対して警告と追い出ししか出来ないのは、自衛隊が『専守防衛』だからといわれます。

 

■軍用機による領空侵犯により撃墜された世界での例

〇米軍機のソ連侵入U-2撃墜事件

〇1964年アメリカ空軍T-39機の東ドイツ侵入による撃墜事件

〇ロシア軍爆撃機のトルコ領空侵犯撃墜事件

 

■ベレンコ中尉亡命事件(ミグ25事件)

 1976年9月6日、チュグエフカ基地から訓練目的で離陸したソビエト連邦軍現役将校ヴィクトル・ベレンコがコースを離れ、MiG-25迎撃戦闘機で日本の函館空港に強行着陸し、アメリカに亡命を求めた事件です。

 この事件で航空自衛隊は、MiG-25を発見できず着陸を許してしまったため、航空自衛隊の防空網を簡単に突破されてしまう危険が露呈しました。その後早期警戒機E-2Cが導入され、防空網の強化がなされました。

 

 領海では無害通航権が認められていますが、領空の場合は領土と領空を通る場合は必ず許可が必要という違いがあり、『領空に侵入』を以って直ちに領空侵犯と判定されます。 

 いずれにしても、なし崩し的に侵入や侵犯を許し既成事実を認めるのではなく、毅然とした対応が望まれるところです。