防衛省統合幕僚監部によると、2021年10月18日(月)、青森県と北海道との間を隔てる津軽海峡を、中国海軍とロシア海軍の艦艇合わせて10隻が通過し、10月21日(木)には千葉県犬吠埼の沖合を南進しつつ東京都の小笠原諸島付近を航行。

 22日午後、高知県足摺岬の南約180キロの海域を航行し、同日夜、大隅半島と種子島の間の大隅海峡を通過した。その後、東シナ海に進み、23日朝、長崎県男女群島の南南東約130キロの海域で艦載ヘリの発着などを実施。自衛隊が戦闘機を緊急発進させ対応した。

 同艦艇は日本列島をほぼ半周したことになり、同省は引き続き警戒するとともに、目的などを分析すると発表しました。

 因みに、中国とロシアの海軍の艦艇が同時に津軽海峡を通過したのは今回が初めてだそうですが、領海である津軽海峡の艦艇通過は国際法上、問題ないのでしょうか?

 

 

 海洋法に関する包括的・一般的な秩序の確立を目指した「海洋法に関する国際連合条約」(1982年4月30日第3次国連海洋法会議にて採択、1994年(平成 6年)11月16日発効)を見てみましょう。

 

 以下に記載する○○条とは「海洋法に関する国際連合条約:United Nations Convention on the Law of the Sea」の略称「国連海洋法条約(UNCLOS)」(17部320条の本文と、9つの附属書で構成)の条文のことを指します。

 

まず、「国連海洋法条約」の中にある、船舶・艦艇などの航行に関する海洋の一部をチェツクしておきます。

 

1,公海とは

 公海とは、内水、領海、群島水域、排他的経済水域を除いた海洋のすべての部分とされ(第86条)、他国の利益に「妥当な考慮」を払う限りすべての国が自由に使用することができ(第87条)、国家による領有を禁止される海域で、いかなる国も、公海の領有権を主張し、属地的な支配権・管轄権を設定・行使することができません。(第89条)

 

■公海内での自由使用とは

 この公海内の自由には航行の自由、上空飛行の自由、漁獲の自由、海底電線・海底パイプライン敷設の自由、人工島など海洋構築物建設の自由、海洋科学調査の自由が含まれます。(第87条第1項)

 ただし漁獲の自由については、漁業資源保存のために必要な措置を自国民に対してとる義務(第117条)や国家間の協力義務(第118条)などの生物資源保存に関する協力義務が生じます。

 また、「国連憲章に規定する国際法の諸原則」に反する武力の行使や武力による威嚇に限り禁止され、自衛権の行使やそのための準備としての兵器配備などは容認されています。(第301条)

 

■公海上の船舶の地位

 1 船舶は一の国のみの旗を掲げて航行するものとし、船舶は航海中又は寄港中にその旗を変更することができません。

 2 二以上の国の旗を適宜に使用して航行する船舶は、(中略)国籍のない船舶とみなすことができます。(以上第92条)

 従って、公海上の船舶は海軍艦船用国旗、商船旗などの国旗またはそれに準ずる旗をメインマストに掲げて航行することが義務付けられています。

 

■公海上の軍艦に与えられる免除

 公海上の軍艦は、船舶や航空機の所属する国である旗国以外のいずれの国の管轄権からも完全に免除されます。(第95条)

 

■公海上での核兵器使用

 公海上での核兵器使用「部分的核実験禁止条約」や「海底非核化条約」などの関連条約に定められた条件に従った上で、他国の利益に「合理的な考慮」を払いさえすれば、適法な公海使用とされます。

 

 

 

 

2,領海とは

 基線から測定して12海里(約22km)を超えない範囲でその領海の幅を定める権利を有しており(第3条)、その範囲内でより狭い範囲で領海を設定することは国際法上、何の問題もありません。

 津軽海峡などはこの規定により、12海里ではなく3海里としました。理由は後述します。

 また、基線とは沿岸国が公認する大縮尺海図に記載されている低潮時の海面と陸地との交わる線である海岸の低潮線となります。(第5条)

 

■領海における無害通航権の付与

 すべての国の船舶は、沿岸国であるか内陸国であるかを問わず、この条約に従うことを条件として、領海において無害通航権を有し(第⒘条)、領海の継続的かつ迅速な通過、または内水への出入りのための航行を行うことができます。(第18条)。

 

 通航は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害とされるため(第⒚条)、外国船舶が領海内で停船・投錨をし、徘徊やその他不審な行動など明らかに通過以外の目的による活動は通常認められません。

 

■国際海峡では「通過通行権」が適用となるが、「無害通航権」が適用となる例

 領海における無害通航の制度は、国際航行に使用されている海峡、即ち国際海峡のうち次の海峡についても適用されます。

 別項「国際海峡とは」に述べる国際海峡に該当すると「通過通航権」が認められますが、下記の国際海峡の場合は例外として、領海に適用される「無害通航権」が該当となります。

 1,(a)海峡が海峡沿岸国の島及び本土から構成されている場合において、その島の海側に航行上及び水路上の特性において同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路が存在するときは、通過通航は認められない。(第38条1)

 (b) 公海又は一の国の排他的経済水域の一部と他の国の領海との問にある海峡

 2、 1の海峡における無害通航は停止してはならない。

 

 

■ 国際海峡である津軽海峡の苦肉の策とは

 A,津軽海峡東側(太平洋側)汐首岬~大間崎間 距離約18.7㎞

 B,津軽海峡西側(日本海側)白神岬~竜飛崎間 距離約19.5㎞

 ①     領海を12海里(約22.2㎞)に設定した場合には津軽海峡A、Bは全て領海に入ることとなります。

 ②     領海を3海里(約5.6㎞)とした場合

 A側汐首岬から5.6㎞、大間崎から5.6㎞となり、18.7―(5.6×2)=約7.5㎞余りが出ます。

 B側も同様に計算すると19.5―(5.6×2)=約8.3㎞のあまりが出ます。

 この余りの海を苦肉の策としてどのようにしたのかは「特定海域とは」「日本の5海峡に公海を設定した理由」に記載しました。

 

 話を続けます。

 また、

 1 沿岸国は、航行の安全を考慮して必要な場合には、自国の領海において無害通航権を行使する外国船舶に対し、船舶の通航を規制するために自国が指定する航路帯及び設定する分離通航帯を使用するよう要求することができます。

 2 沿岸国は、特に、タンカー、原子力船及び核物質又はその他の本質的に危険若しくは有害な物質若しくは原料を運搬する船舶に対し、1の航路帯のみを通航するよう要求することができます。(以上第22条)

 

■領海における潜水船その他の水中航行機器

 潜水船その他の水中航行機器は、領海においては、海面上を航行し、かつ、その旗を掲げなければなりません。(第20条)

 沿岸国は、領海における外国船舶の無害通航を妨害してはならず(第24条)、外国船舶に対しては、領海の通航のみを理由とするいかなる課徴金も課することができません。(同法第26条)

 

 

3,国際海峡とは

 国際海峡とは「公海と公海」「公海又は排他的経済水域の一部分と公海」又は「排他的経済水域の他の部分」との間にある国際航行に使用されている海峡のこと(37条)で、国際海峡では,領海で認められる無害通航権よりも沿岸国の管轄権の行使が制限される通過通航権が軍艦を含むすべての船舶および航空機に認められ、沿岸国はその通航を妨害してはなりません。また、通過通航中の艦船と航空機は、沿岸国の平和と安全を脅かしてはなりません。

 

■国際海峡に該当する海峡

〇スカゲラック海峡(ノルウェー・デンマーク間)

〇カテガット海峡(スウェーデン・デンマーク間)

〇ドーバー海峡(イギリス・フランス間)

〇ジブラルタル海峡(イギリス領ジブラルタル・スペイン領セウタ間又は大西洋・地中海間)

〇ボスポラス海峡(黒海・マルマラ海間):モントルー条約

〇ダーダネルス海峡(マルマラ海・エーゲ海間):モントルー条約

〇バブ・エル・マンデブ海峡(ジブチ・エリトリア・イエメン間又は紅海・アデン湾間)

〇ホルムズ海峡(ペルシャ湾・オマーン湾間)

〇マラッカ海峡(マレーシア・インドネシア間)

〇ロンボク海峡(バリ島・ロンボク島間)

■国際社会の妥協点

 領海の12海里への拡大に伴い,従来は公海であった国際海峡のほとんどが沿岸国の領海となってしまうため,公海として自由航行が認められていた所でも,領海と同じ「無害通航」しか認められなくなるとして,米ソがこれに抵抗します。

 結局,国際海峡を利用する船舶や航空機に対しては特別に「通過通航権」を与えるという形で妥協が図られました。

 沿岸国は航路帯を指定するか分離通航方式を設定することができ、通過通航を行う船舶・航空機はこれに従わなければなりませんが、沿岸国がこれに対する違反を取り締まることが可能か否かに関しては論争となっています。

 

■通過通航権とは

 国際海峡において、すべての船舶・航空機は、継続的・迅速な通過のためにのみ行われる航行と上空飛行の自由を有する(第38条)。潜水艦は、潜航したまま通航しても構わない。

 無害性が通航の直接の基準とはされず、軍用機を含め上空飛行が認められたことが無害通航との違いとなります。

 

■通過通航中の船舶及び航空機の義務

 船舶及び航空機は、通過通航権を行使している間、次のことを遵守しなければなりません。

 海峡又はその上空を遅滞なく通過しなければならず(第39条)、危険物質や核兵器を搭載した船舶・航空機についても、その通航を妨げるものではなく、通過通航は、停止してはならない。(第44条)

 通過通航権は、無害通航権と異なり、どの国の艦船か明確にするための艦尾の国旗掲揚や潜水艦の浮上が義務付けられていません。  

 一般の領海を通行する権利である無害通航権以上の権利を、国際海峡に与え通行を保障しました。これを通過通航権と言います。

 

 

■日本の国際海峡は国連海洋法条約上で国際海峡とは見做されない特定海峡

 「通過通航制度」が適用される国際海峡にあって、下記第36条条文によって通過通航制度は適用されないこととなります。

 「国際航行に使用されている海峡であって、その海峡内に航行止及び水路上の特性において同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路が存在するものについては、適用しない。」

 

4,特定海域とは

 1977年(昭和52年)に制定された日本の法律である「領海及び接続水域に関する法律」(略称:領海法)により領海は基線からその外側12海里までとされましたが、 国際航行に使用される、いわゆる国際海峡である 「宗谷海峡」「津軽海峡」「対馬海峡西水道」「対馬海峡東水道」「大隅海峡」 の五海峡は特定海域として、領海法の附則第2項の規定に基づき領海は基線からその外側3海里(約5.6km)の線及びこれと接続して引かれる線までの海域としました。

 

話を津軽海峡に戻します。

②     で領海を3海里(約5.6㎞)とした場合

A側汐首岬から5.6㎞、大間崎から5.6㎞となり、18.7―(5.6×2)=約7.5㎞余りが出ます。

B側も同様に計算すると19.5―(5.6×2)=約8.3㎞のあまりが出ましたね。

この余り相当を公海にしたので、国連海洋法条約上で定義される国際海峡とはみなされないため(第36条)、通過通航制度の適用を免れることになりました。

 このように、津軽海峡の中央部分は公海とされ、そこではいかなる国の艦船に対しても航行の自由が保障されました。

つまり、軍艦の航行に関しても法的には何の問題もないのです。

 

 

■津軽海峡全体を領海とした場合の問題点

 津軽海峡は公海と公海を結ぶ国際海峡という位置づけになります。そうなると、この国際海峡においては、通常の領海内における「無害通航権」ではなく、そこから沿岸国日本の権利などをさらに制約した「通過通航権」というものが航行する船舶などに対して認められることとなります。

 この通過通航権の下では、たとえば、領海内では認められていない潜水艦による潜没航行が認められており、国際海峡においては通過通航権に基づく上空通過の自由も認められています。

 



■日本の5海峡に公海を設定した理由

 それでは、五海峡になぜ公海部分を作ったのでしょうか?

 非核三原則の内、「核を持ち込ませない」という原則の堅持がポイントとなるようです。

 

1,非核三原則の「持ち込ませず」の原則を堅持しつつ、核兵器搭載の米国軍艦を通すため。

 この五海峡の領海幅を3海里から12海里にしてしまうと、5海峡は完全に日本の領海になり、38条2で国際海峡における核兵器を搭載した外国の軍艦あるいは軍用機を含めた外国の船舶及び航空機の通過通航権が認められることになり、国際法上、軍艦の通過を拒否することができなくなります。

 結果として領海内に核兵器が持ち込まれたこととなり、非核三原則の「持ち込ませず」の原則を堅持できなくなります。

 そこで、「■苦肉の策 津軽海峡の事例」で述べたように、海峡上に領海に含まれない海域を残し、核兵器を搭載した軍艦をこの海域上を通航させることによって、こういった事態に対処しようとし、公海部分を意図的に残しました。

 

2,「海洋国家、先進貿易国として、国際交通の要衝たる海峡における商船、大型タンカー等の自由な航行を確保することが総合的な国益の観点から必要であるため。

 

3,海峡全域を領海として国際海峡となれば、通過通航制度が導入され不利になるため

 航空機を含めて「波打ち際までその通過通航制度が適用になるという解釈も可能」となります。

 そうなると、中央部に公海を残している現状に比べて日本側に不利となることも考えられます。

 

 日本の立場としては、現状のように特定海域(海峡)としておけば、公海部分で外国船舶・航空機の自由通航を認め、沿岸国の管轄権の行使が制限される通過通航制度の導入を回避することができることになります。

 

■津軽海峡

 東西は約130km、最大水深は約450m。本来は日本の領海に編入することができますが、述べてきた通り、中央部は公海(但し日本の排他的経済水域。また、下を通る青函トンネルは日本の領土)のまま残されており、外国船舶の通航に利用される国際海峡となります。

 最も幅が狭いのは海峡東側の太平洋側、亀田半島の汐首岬と下北半島の大間崎の間で、約18.7kmあり、西側の松前半島白神岬と津軽半島竜飛崎間は19.5kmとやや長くなりますが、水深約140mと浅くなっています。

 領海法に基づく領海の幅が通常の12海里(約22.2km)から3海里(約5.6km)にとどめられた特定海域の一つであり、公海部分は核兵器を搭載した外国の軍艦を含め自由に通過することができます。

 警備沿岸警備は同海峡の中心線を境界に北海道側が海上保安庁・第一管区海上保安本部、東北地方側が同第二管区海上保安本部の管轄となっており、同海峡の防衛は海上自衛隊・大湊地方隊が中心で、航空自衛隊とアメリカ空軍の三沢基地が後ろに控えています。 

 海峡内の公海または排他的経済水域に航路が確保されているため、国連海洋法条約における通過通航権の規定は適用されません。

 

■終わりに

 現状の津軽海峡においては、こうした潜水艦による潜没航行や航空機による上空通過の自由は海峡中央部にある公海部分に限られ、その外側の領海部分ではこうしたものは認められません。

 津軽海峡を全部日本の領海と設定し、国際海峡にしてしまうと、通過通航権が認められてしまうので、通過通航権は与えない、つまり津軽海峡を国際海峡に設定しないほうが良いことになります。

 つまり、津軽海峡を通過通航権で通行させないためには、日本は津軽海峡全体を領海としないほうが良いわけで、日本としては津軽海峡に領海を設定するより、少しだけ細い公海を設けて、そこを見張っているほうが、よほど、通行艦船を監視できることになります。

 

 結論を言うと、この艦艇が通過した津軽海峡や大隅海峡の中央部分は、どこの国にも属さない海域である「公海」とのことで通過は問題ないそうです。