副題:東名高速「あおり運転」

事件概要

平成29年(2017年)6月、神奈川県大井町の東名高速で、パーキングエリアで萩山嘉久さん(当時45)から車の止め方を注意されて腹を立て、萩山さんの妻友香さん(当時39)が運転する一家4人が乗ったワゴン車を時速約100キロで左側から追い越し、前に割り込んで減速。「あおり運転」で同様の妨害を数度繰り返した末、追い越し車線で停車させてトラックによる追突事故を引き起こし、萩山さん夫婦を死亡させ、娘さん2人にもけがを負わせたとされる「危険運転致死傷罪」などに問われた石橋和歩被告(26)の裁判員裁判が横浜地裁で開かれました。
 


 

検察側は、これまでに危険運転致死罪に問われ複数が死亡した場合の量刑はすべて懲役13年以上になっていて、重い刑の場合は23年だったことより、懲役23年を求刑しました。

 

また、同年5月同被告は、山口県下関市において他の車の前で自分の車を停車させる行為を繰り返し、窓ガラスをたたいて降車させようとしたなどとして強要未遂罪2件と、車のドアを足で3回蹴って凹ませたとして器物損壊罪でも起訴されています。

 

検察は本件では「危険運転致死傷罪」で起訴を行い、同時に「監禁致死傷罪」でも起訴をしています。

石橋被告は起訴内容について問われ、事実関係をおおむね認めています。

 

 

原告(萩山さん)検察側主張

■主訴因

停止禁止の高速道路で、交通量の多い追い越し車線に危険な速度で直前に割り込み、停車させるために減速し、停車させた行為は停車中の事故であっても、危険運転の「重大な危険を生じさせる速度」との構成要件を満たすと指摘。

また、被告は夫婦に文句を言おうとの一貫した意思があり、停車とその前の妨害運転は一連の行為で、被告の一連の運転行為が被害車両に停車を余儀なくさせ、死傷事故を誘発したとし、運転と死傷との間に因果関係が認められ、これら一連の行動が危険運転にあたるとして危険運転致死傷罪(法定刑1年以上20年以下の懲役。負傷事故の場合は15年以下の懲役)の適用を主張しました。

 

■予備的訴因

石橋被告がワゴン車を停車させ、秋山さんに暴行を加えるなどして高速道路上で監禁したとして、危険運転致死傷罪が成立しない場合に備えて、監禁致死傷罪の成立も予備的に主張。 

監禁致死傷罪の刑事罰については、傷害の罪と比較して重い刑により処断するということが刑法221条で規定されており、死亡の結果が生じた場合は、逮捕罪・監禁罪の刑罰である3月以上7年以下の懲役と傷害致死罪の刑罰である3年以上の有期懲役(20年以下)を比較し、刑の上限も下限も重い傷害致死罪の刑罰になります。

よって、本罪の場合の法定刑は3年以上20年以下の懲役となります。

 

弁護側主張

停車後に事故が発生したが、石橋被告の運転行為が被害者死亡事故の主たる原因ではないので危険運転致死傷罪は適用できない。

また、事故は停車してから約2分後に起こっており、停車時間が短く、監禁に当たらないし監禁の故意もない。従って、運転中の事故を前提とする同罪の適用は法律の拡大解釈である。ましてや、今回は別の後続車が追突して死亡事故となったので、運転中の事故でもないと無罪を主張。
 

 

公判での争点

1、「通行中の車に著しく接近し、かつ、重大な危険を生じさせる速度で車を運転する」という、自動車運転死傷処罰法が規定する危険運転の解釈。

2、危険運転致死傷罪が停車後の事故に適用されるかどうか。

3、事故を起こしたのは別のトラックであり、被告人と被害者の死亡との明確な因果関係はどうか。

 

本事件は法律のはざまの難しい事案で、基本的には法律の解釈の問題になるのではないでしょうか。

 

訴因とは

刑事訴訟法第2563項では、公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない。と規定し、実行行為や結果など審判対象の画定に不可欠な事実を記載することが必要となります。

このように、訴因とは特定の犯罪にあてはめて法律的に構成された具体的事実のことをいいます。

 

訴因の変更

検察官が公判の途中で、起訴状に記載した事実の範囲内で該当する罪名を変更したり追加したりすることを訴因の変更といいます。
 

裁判所は訴因に対してしか判断ができませんので、審理の経過をみて適当と認めたときには検察官にこの訴因変更を命じられると定めています。
 

例えば、ほかの訴因に変更すれば明らかに有罪なのに、検察官の主張する訴因のままだと無罪になると判断した場合などに変更を命じるケースなどが想定されています。しかし、検察官はこの訴因変更の命令に従わなくても構わないとされています。
 

しかしながら、訴因の変更は無制限に許されるものではなく,公訴事実の同一性が認められる範囲に限られ、まったく公訴事実が異なる場合には,訴因変更ではなく,別事件として起訴するほかなく、罪名は,適用すべき罰条を示して,起訴状に記載しなければなりません。

訴因は,1罪について1個として特定する必要があり、検察官は,証拠の提出に先立って,または証拠調べの経過に伴って,起訴状記載の訴因の追加・撤回・変更を許可するよう裁判所に請求することができます。

実務上は予備的追加の方法で行われる場合が多くあります。

 

本件の主訴因である危険運転致死傷罪とは

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転死傷行為処罰法)第2条の危険運転致死傷に下記のような規定があります。

 

第二条

 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。

(注脚*死亡事故を起こした場合には、1年以上20年以下の懲役、負傷事故の場合は15年以下の懲役)

一 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為

二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

三 その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為

四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

五 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

六 通行禁止道路(道路標識若しくは道路標示により、又はその他法令の規定により自動車の通行が禁止されている道路又はその部分であって、これを通行することが人又は車に交通の危険を生じさせるものとして政令で定めるものをいう。)を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

 

上記4では①危険を生じさせる速度とは ②自動車を運転する行為とはどういうことか⇒自動車の速度や運転に(エンジンがかかった状態で停車時の)0キロメートルは含まれるかが問われることになります。

 

併合罪

刑法45条前段では確定裁判を経ていない2個以上の罪は、併合罪とされると規定されています。

〇併合罪のうちの1個の罪について死刑に処するときは、他の刑を科さない。ただし、没収は科すことができる(刑法461項)。

〇併合罪のうちの1個の罪について無期懲役・無期禁錮に処するときも、他の刑を科さない。ただし、罰金、科料、没収は併科することができる(同条2項)。

このように、死刑・無期刑について、他の罪については吸収主義がとられています。

 

■併合罪

併合罪のうちの2個以上の罪について有期の懲役や禁錮に処するときは、その最も重い罪の刑について定めた刑期の上限にその2分の1を加えたものを長期とする(刑法47条本文)と規定されており、危険運転致死傷罪と監禁致死傷罪は、それぞれ単独で罪に問われた場合は、懲役20年まで刑を科すことができます。

 

ただ他の罪と一緒に問われた場合、最も重い罪の刑期の1.5倍を超えない限り、すべての罪の刑期を足し合わせて懲役を科すことができると法律に規定されています。

 

これを今回のケースに当てはめると、危険運転致死傷罪が認められた場合は懲役30年まで、危険運転の罪が認められず監禁致死傷罪となった場合は懲役29年まで刑を科すことができます。

ただし、加重の上限は30年であり(同法142項)、それぞれの罪の刑の長期の合計を超えることはできない(同法47条ただし書)と規定しています。
 

高速道路とは

 高速道路とは自動車のみの通行に限定され、交差点をなくし、一般道路からの出入り口をインターチェンジなどで制限し、上下線を分離することで自動車が高速かつ安全に走行できるよう迅速な交通移動を達成することを主目的にした道路となっています。

 

 高速道路本線車道上での法定速度とは、普通乗用車の場合、最高法定速度は時速100km、最低法定速度は時速50km と決められています。但し、対面通行区間や登坂車線では法定速度時速60キロとなります

 高速道路は,自動車のみの通行が予定されている道路なので、やむを得ず渋滞や事故で停車することを除き原則駐停車は禁止されています。
 

 

 

 

罪刑法定主義

憲法第31条で、何人も法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

また、憲法第39条では何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。と規定されています。

■意味

ある行為を犯罪として処罰するためには、立法府が制定する法令において、事前に法令で罪となる行為と刑罰が規定されていなければ処罰されないという原則です。

つまり、どんなに道徳的に避難されるような行為でも、法律で犯罪と定められていなければ、犯罪とはならず刑にも処せられないということです。

 

この罪刑法定主義の派生原理として以下のような事項が要求されます。

■類推解釈の禁止

類推解釈とは、刑罰法規をその法規に用いられている語句の可能な意味の限界を超えて解釈し、法規に規定のない事実に対して適用することをいいます。

 

たとえば、現行の刑法では、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」(第199条)と規定されていますが、動物を殺すのも、命を奪うことには変わりないのだから、動物を殺した人にも殺人罪を適用すべきだ、というのが類推解釈にあたり、これを禁止しています。

なお、法律の解釈には、文理解釈(法文の言葉の意味や文法的な面から明らかにすること)と論理解釈(法文の意味を論理的に考えて明らかにすること)があり、論理解釈には拡大解釈(法文の言葉の意味を拡張して解釈すること)、縮小解釈(法文の言葉の意昧を縮小して解釈すること)、勿論解釈(法律の言葉から、当然前提とされているはずのものも含めて解釈すること)がありますが、これらの解釈は認められています。

■遡及処罰の禁止

遡及処罰の禁止とは、刑罰法規の制定以前に行われた行為に対しては、遡ってこれを処罰することができないというもので、法的安定性と個人の自由の権利の保障という見地から導き出された原則になります。

 

道路交通法による規制

■道路交通法75条の4

自動車は、法令の規定によりその速度を減ずる場合及び危険を防止するためやむを得ない場合を除き、高速自動車国道の本線車道においては、道路標識等により自動車の最低速度が指定されている区間にあってはその最低速度に、その他の区間にあっては政令で定める最低速度に達しない速度で進行してはならない

 

■道路交通法第75条の11第1項

自動車の運転者は、故障その他の理由により本線車道若しくはこれに接する加速車線、減速車線若しくは登坂車線又はこれらに接する路肩若しくは路側帯において当該自動車を運転することができなくなったときは、政令で定めるところにより、当該自動車が故障その他の理由により停止しているものであることを表示しなければならない。

同第2項では自動車の運転者は、故障その他の理由により本線車道等において運転することができなくなったときは、速やかに当該自動車を本線車道等以外の場所に移動するため必要な措置を講じなければならない。

 

このように、高速道路では,法令の規定,警察官の命令,危険を防止するため一時停止する場合の他は,原則として駐停車してはならないとされており,やむを得ない場合に限り,十分な幅員のある路肩に駐停車することが許されているにすぎません(道路交通法75条の8第1項)。

これは,高速道路本線上に自動車を駐停車させた場合,事故発生の危険が一般道に比べて高いからです。
 

ドライブレコーダー搭載急拡大

東名高速道での本件「あおり運転」に対して、事故現場を通過した十数台の車のドライブレコーダーの映像を証拠として、法廷で採用し映し出されました。

この事故による報道により、ドライブレコーダー(略称:ドラレコ)の存在が知れ渡り、ドライブレコーダー協議会による出荷台数は20177月~9月の出荷台数約43万台から20181月~3月には約95万台と2.2倍に拡大しました。

ドラレコ搭載は事故や交通トラブルがあった場合、当時の状況を把握できること、また運転者の安全意識の向上や交通事故防止にもつながるとして、画素数増加や前方録画だけではなく、前後録画、360度録画など、急拡大していくものと考えられます。

 

個人的見解

1、              危険運転致死傷罪第2条4に記載する「車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」については、同行為を被告が4回ほど行っており、構成要件を十分満たすと判断される。

2、              自動車は、法令の規定によりその速度を減ずる場合及び危険を防止するためやむを得ない場合を除き、高速自動車国道の本線車道においては、政令で定める最低速度に達しない速度で進行してはならないと規定するが、本件においては、被告の停車により、被害者の走行運転の中止を強制されたものであり、エンジンもかかっており、走行運転の意思は十分認めうるものである。

3、              右車線に前車停車後、左車線(3車線の真ん中車線)に進行して回避が可能かと思われるが、当時の現場では平均して、一番右の追い越し車線では15秒で1台が時速100キロ通過の状況。中央車線は10秒に1台が80キロで通過の状況であった。回避は恐怖の状況下にあって困難であったと推測される。

4、              停車中に後続のトラックにより死亡事故が発生となったが、最高速度100キロで走行する車線に停車させる行為は、事故を惹起させるに十分であり、停車させる行為と追突死亡についての因果関係は認められる。

と判示し、厳罰を処していただきたいと考えています。

 

あおり運転をし、さんざん恐怖心を与えたうえ自分の車を停車させて、後続車に追突させる行為が許されて良いはずがありません。