あの記事に俺と関わっていた先輩は、大野さんの死は仕方ないものだと割り切っていた。でなきゃ取材して記事なんて書けないと。
俺はそうは思えなかった。
とにかくあの御家族の姿が頭から離れず、その償いはどうしたらいいのかばかり考えていた。
警察が捜査していくうちに、やはり代議士と第1秘書とでの犯行であり、大野さんは無実だと判明した。
やるせなかった。
会社を辞めてしばらく職も決めずにプラプラしていた。
ふと目に止まった少し古びた喫茶店『grandchild』に何気なく入った。
老夫婦がひっそり経営していた。
カウンターに座ってブレンドコーヒーを注文して1口含んだ。
.................。
コーヒーなのに、優しい味だった。
自然と涙がポロポロ零れてきて止まらなくなった。
恥ずかしいと思っても次から次へと流れて来た。
この涙の意味は自分でも分からなかった。
悔しさ、怒り、申し訳なさ、情けなさ.........。
しばらくして、俺の前にプリンが置かれた。
「え?」
ぐしゃぐしゃの顔を上げると横に奥様が立っていた。
「召し上がって!」
「え?」
「生きていれば色々あるものよね。涙は心を浄化するって。このプリンも少しは心の浄化にお手伝いにならないかなって。」
そう言ってニッコリされた。
「.........ありがとうございます」
スプーンで掬って1口食べた。
「.........................美味しいです。こんなプリン食べた事ないです。」
「まぁお上手」
そう言って笑って奥に消えた。
「マスターのコーヒーも凄く美味しいです。」
「ありがとう」
こんな心の温まる喫茶店は初めてだ。
そうだ。
こういう喫茶店や飲食店を紹介する記事を書けばいいんだ。
誰も不幸にならない、行った人が俺と同じように優しく癒される店を。
これが償いだとは思っていないけど、少なくとも人を傷つける事だけはないと思った。
俺は大手の出版社ではなく、タウン誌を作っているような小さな出版社のドアを叩いた。
俺が『Big Field』のコーヒーを好きな理由は、この喫茶店のコーヒーに似ているからなのかも知れない。