翔くんが店に来てから1週間が経った。
あれから翔くんの姿は見ていない。
葵さんは翔くんが人探しをしていて、Jの噂を聞いて店に来たって言ってた。
俺を探してくれてた事は絶対なんだ。
だけどあの時、気が動転してすぐにバックに下がってしまった俺を見て、翔くんはどう思っただろうか?
わざわざこんな所にまで来てくれたのに逃げた俺を、翔くんは怒ってると思う。
そうだよね。
勝手に音信不通にしておきながら、居場所を探し当ててわざわざ来てくれたのに、それでも逃げたなんて翔くんにしてみれば嫌気がさすのは当然だと思う。
翔くんの恋の邪魔をしたくなかった、なんて嘘。
翔くんに連絡をしようとしてたけど出来なかったのは覚悟が足りなかっただけ。
前を向こうなんて思っても結局は翔くんの口から沼田君と付き合ったって聞きたくなかっただけ。
傷つきたくなかっただけ。
幼い頃からの恋に終止符を打つのが怖かっただけなんだ。
せっかく翔くんが来てくれたんだから
ちゃんと向き合って、自分の気持ちを伝えてフラれて前を向いて行くチャンスだったのに。
今更後悔したってもう遅い。
だったら
このウダウダしてる自分と決別する。
智さんにお願いして、新しいJとして積極的に接客にも参加しようと思う。
他の従業員と同じ様に働こう。
それが翔くんへの想いに終止符を打つ事と関係がある訳じゃないけど、何か変わらなきゃ。
新しい1歩を踏み出すんだ。
次の朝
昨夜の決心が鈍らないうちに智さんに言わなくちゃ。
リビングに行くといつもの様に智さんと千代さんがお茶をして寛いでいた。
「おはようございます」
「おおー潤、起きたか。潤、お願いがあってな。1件接待に顔出して欲しいんだ。どうしてもJじゃなきゃ駄目だって。Jは客の接待は一切やってないって断ったんだけどよー。Jじゃなきゃ駄目だの一点張り。俺にとっても大切な取引先で断りきれなかった.........。1時間でいい。そいつの話を聞いてやってくれないか?」
珍しい。
ってか、智さんに接待に出ろなんて言われたの初めてだ。
.........、智さんは人の心が読めるのか?
おれが昨日、決心したばかり。
「ホステスの方は誰?」
「いや、潤、お前一人だよ」
「えー‼️」
ただ、1時間も持つかな?(笑)
智さんの大切なお客様が初めての接待の場だなんて。
失礼にならないかな?
でも、こんな俺でも智さんの役に立つなら。今までの恩を返さなきゃ。
「ふふっ、そうしてくれ」
.........心の声、声に出てた。恥ずかしい。
「わかった、いいよ。でも俺、上手く出来るか自信ないよ?」
「いい、いい!相手はJが来るってだけて満足なんだから。後は相手の話に合わせるだけでいいから。」
「わかった。.........あ、お客様は男性?女性?」
「あん?男」
良かったー。男性ならまだ話せる。
趣味や興味のある事、年上の方なら人生経験なんか話してくれたらずっと聞いてられるし、同年代なら学校の話とか流行りのものとかで時間を潰せる。
「今日は店には顔出さなくていいから直接ここへ行って」
そこには老舗と呼ばれる料亭の名前と住所が書いてあった。
「お幾つのお客様?なんか緊張するな。」
「まあまあ。リラックスして相手の話を真っ直ぐ正直に素直に聞けばいいんだよ」
「わかった!智さんの顔に泥を塗らないように頑張る!」
「頑張ってくれ。」
「智さん、俺、もし今日の接客が上手く出来たら、これから接客もちゃんとやるよ。特別扱いは終わりにして皆と同じように働くよ。」
「.........、まあ、今夜が終わってからの話だな。」
そう言って千代さんと顔を見合わせて笑っていた。
今後のためにも、今日の接客、頑張らないと!