デジ子です
1年間で100万回「ありがとう」を言おうチャレンジ 137日目
2024年2月7日(水)晴れ
わたしの父は
わたしが12歳の誕生日を迎えた10日後に
自らの命を断ちました。
わたしの父への印象は・・・
入退院を繰り返す体の弱い父
父親(わたしから見て祖父)にいつも叱られて、
何も言い返せない弱い父
母に甘えっぱなしの弱い父
わたしと姉のことは全く眼中にない愛のない父
母さえいれば良かったんだ
わたしたちはいてもいなくても別にいいんだ
・・・わたしたちは父にとっては邪魔な存在なんだ
そう思わせる父
学校のお勉強がよくできた父
でも人とはうまく接することができない父
友達がいない父
孤独な父
寂しそうな父
そんな印象でした。
父に何かをしてもらったとか
父と何か話したとか
父と一緒に何かをやったとか
・・・
そんな思い出は
2、3エピソードくらいは思い出します。
しかも、あまりいい思い出ではないです。
そんな感じです。
父親に愛された感覚なんて
あるわけもないです。
父が亡くなって
数年経った時に
母に一枚の紙切れを見せられました。
「何だかわかる?」
?????
「子づくり計画書だよ。父ちゃんがこれを書きながら、嬉しそうに二人の女の子が欲しいなって言ったんだよ」
びっくりした。
姉とわたしのことなんて、
なんとも思っていないと思っていたので・・・。
そうか
一応、わたしたちは望まれて生まれてきたんだ。
大学を受験することになった時
母が「このお金で足りる?」と
わたし名義の通帳を見せてくれた。
100万円程度貯金があったように覚えています。
「父ちゃんが、死ぬ前に生命保険に入ってて。そのお金なんだよ」
泣けた
さすがに泣けた
どうにかわたしたちにお金を残そうと考えたのでしょう。
おかげでわたしは大学に行くことができました。
愛してくれていたんだな・・・と
感じました。
愛してるのに
その想いをどう表現したらいいのかわからなかったんでしょうね。
不器用な父でした。
ただ、頭を撫でてくれたら良かったのに。
「おはよう」
「おやすみ」
って言ってくれるだけで良かったのに。
別に「愛してる」なんて言わなくていい。
わたしの顔を見て、目を見て
ニコッと笑ってくれたら良かったのに。
父親の愛情を感じなくったって、
わたしは男性不審にもならなかったし
人を愛することができているし
家族をつくることができています。
親がどうだって、
その子次第で
その子の人生は輝くものになります。
我が子へ何もしてあげることができていないと
懺悔の念に駆られている方へ
あなたが
そっとその子のことを大事に想っていたら
いつかちゃんと
その想いはその子に伝わります。
心の中で、
その子のことを ずっと大事に想ってあげてください。