あゆみは、バスタオルで身体を拭きながら一真の詩を聞いていた。
突然だった。光があり、見えていたものが突然に消えた。
闇の中に引きずり込まれるような感覚があった。
何もかも、無駄に感じて、ただ、為すがままに、終わるのを待つしかないと思わなかったわけではない。
どれだけの時間があったのかわからないけれど、差し出された手が、かけられた声が、真っ暗な世界に光を与えてくれた。
たぶん、テレビから流れている歌は自分に向けられた訳ではないけれど、1人じゃない事をありがたく思った。
助けてくれたのは、恋人つきの男だったけれど、それでも、一人でないことに感謝した。
(謝らないと)
「酷いよね」
「あっ?」
「あたし…」
「何で?」
「知らないとはいえ、あなたが追いかける、追いつくべきゴールとしていてって」
「そうだな…でも、それは、一真より」
「あなたに?」
「ああ…俺にだ」
「自己中?」
「そんなものさ、アーティストなんだから」
「駄目よ、謙虚に生きないと」
あかねは、クスッと笑いながら言った。それを見て、新九朗が笑い出す。
新九朗が、あかねを責められるわけも無かった。茜が一真にかけた言葉は、新九朗が、一真にかけようとした言葉でもあった。何がどう、という事ではなかったが、何故か、一真に惹かれていた。惹かれて追いかけて、同じものを求めようとしていた気がする。でも、それは、無理な目標だと何処かで気付いた。
一真は同じ詩を奏でない。
そのときそのときの感情のままに、零れるように言葉をこぼしていく。
それを誰かが繋ぎとめ、形に変えていく必要がある。
それに気付いたとき、見えなくなりそうだった一真の背は消え、数馬の正面が見えるようになった。
一真を追いかけるだけでは駄目だった。
そのことに気付けないままに追いかけ、焦る日々の中で、一真は、不意に距離をとった。それは絶妙なタイミングでもあった。それは、きっと、そのタイミングだったのだろう、と思うようにしたが、何処か、心に残る棘のようにも感じていた。
たぶん、それを言った事で茜にもそんな棘が刺さっているのだろう。
だから、気にしている。
そう思えた。
「そうだよな」と、新九朗は、あかねにキスをした。少し体重を乗せるように、押すように。
「んん」
「ん?嫌だった?」
「莫迦…後ろは?」
「あっ」
新九朗は、振り返らずにあかねに尋ねた。
「ホント、莫迦」
「すまん」
(あちゃぁ~)
あゆみは、溜息をついた。完全に出て行くタイミングを逃した。
新九朗とあかねは、間もなく重なり合うだろう。自分がここにいることを忘れて。
此処は新九朗の部屋で、あかねが新九朗の恋人だ。そうなるのは不自然ではない流れだ。此処で、突然止まる方が不自然なのかもしれない。完全に脱出のタイミングがつかめない。
「どうするの?」
「そうしよう」
「あのね」
「うん」
「いや、意見を言うんじゃなくて」
「あれ…まぁ、そうだな、普通に」
「普通にね」
あかねは苦笑をしなら鸚鵡返しをした。
(い、いまかな…でるのは)
あゆみは、動きが止まっている二人を気にしながら何度もバスルームから顔を出しては引っ込めていた。