(事件か…)
何かが起きるのは予測が付いた。それほどに一真は苛立ちを隠せていない。それは、周囲のギャラリーにも伝染するかのように、緊張感が走っている。
一真に話しかけた女性は、傍にいた何人かに支えられて何か言葉をかけられている。
何があったのだろう。
一真たちに関わる何かで、その場には関係の無い事。そして、一真が動き出さない事から、すぐにどうにかできる事ではない事。
新九朗は、思い当たる話題を探しながら、一真の動きを眺めていた。
一真の隣の青年が、一真の背をポンポンと軽く叩くと、一真はぎこちの無い笑みをこぼした。
ギターの音が零れ始めると、ざわめきも張り詰めた空気も消えた。
存在感充分のデュオは、柔らかな音色をこぼしだした。
♪ declined in darkness 【闇に落ちるとき】
♪ do not close its eyes 【目を閉じるな】
♪ You are nobody 【君は1人じゃない】
♪ 誰かが囁く闇への誘い
♪ 誰かの悪意に包まれるな
♪ 耳を澄ませば 聞こえるはずさ
♪ 君に伸ばされる暖かな手を
♪ An event to lose to darkness suddenly 【突然闇へと落とす出来事】
♪ wicked heart attacks 【邪悪な心が襲い掛かる】
♪ glass piece which is scattered to tusk of the wild beast 【心を砕く野獣の牙】
♪ 止まらない悪意が
♪ 狂気というナイフを振り回すよ
♪ 立ち向かう勇気を持つな
♪ 背を向けて逃げ出せば良い
♪ 声を上げ
♪ 周りを見れば
♪ 君は決して1人じゃないはずさ
♪ Stand up
♪ ゆっくりでいいから
♪ Put up
♪ 振り向くな
♪ 前に未来(あした)は広がっているから~
一真のその声は、ギャラリーに支えられている女性に届いたのだろうか。
新九朗は、ジッと画面の端に微かに映る女性を見つめた。だから、一真と青年の間にどんな動きがあったのかは判らないけれど、ただ、一真は、ギターを置くとフラッと立ち上がり駆け出した。
青年は、黙ってその背を見送った。何処か寂しげな笑みが印象的だった。
「この後、風餓は、一陣の風になったらしいけど、何が起きたかは判らない」
「え?」
「半分くらいは暴走行為で捕まって、でも、一真は捕まらなかった、風餓を名乗った集団は、一真に関係なく暴れて、一真に関係なく捕まって、一真に関係なく…だったらしいよ」
「………」
「元々、風餓などなかったの…風の向こう側を求めてやまないバイク乗りたちをそう読んでいた時代が在ったらしいというだけ、でも、一真が、このとき感情的に動かなかったら」
「そ、そんなのは」
「そう、勝手な言い分よね、でも、いいにしても悪いにしても、一真は」
「目立つ存在だった」
「うん」
「ナンバー1にならずに、か」
「うん、サークルでは、元太の影で」
「そうか、それにしても、この詩」
「風餓の追い掛けをしていた子が襲われて、その事を友人が一真に伝えたらしいけど」
「その結果?」
「うん、動かないように伝えにいった子は、慌てて一真にしがみ付いている画が残っているけど」
「振り切るだろうな…この感じだと」
新九朗は、苦笑しながらあかねを見た。
さっき、あゆみの事に気付き、駆け出した一真の様子はおかしかった。殺伐とした影をまとうような、そんな感じがした。その理由も、知れれば大したことではない。事前に食い止める事ができるのなら、そのための努力は惜しまないだろう。たぶん、そうやってきたのだろう。そして、これからも、そうやって過ごしていくはずだ。大人になればと、誰かは言うだろうが、きっと、それはもっと先の事なのだろうと新九朗は思っている。