少し都会と呼ばれる街、そこには、幾つものドラマが落ちている。そのドラマの主人公になるのは、誰なのか、。それを決めるのは実は自分だったりする。そんな事に気付かずに、誰かのドラマの登場人物になる人も少なくない。それを驚く必要は、たぶん……ないのだろう。
人生という時間の中で、ひとつだけ気付く瞬間があり、その時だけは、ドラマの主人公でいられる。それだけで、意外と幸せなのかもしれない。
などと、思いに耽るのは、西の山陰に沈む夕陽を眺めているせいだろうか?と、天城一真は、苦笑をもらした。自分なりの見解だと、コレはコレで似合わない。何処かセンチになるのは、背中の辺りがむず痒い気がする。
とはいえ、…どうにかするべきものがあった…。
時間を遡る事、数時間。昼の1時が待ち合わせだった。
待ち合わせには、ホテルのロビーをよく使う。ホテルは、相手にあわせてチョイスする。それでも、何回かに一度はホテルの移動を余儀なくされる事が多い。別に驚く事でも無いが。そういう時はl、思いのほか相手の気持ちを汲み取るのに時間をとられるものだ。今回はと…。
初めての客となると心配は多い。特に、ネット情報により振り回されているパターンがあればなおの事だ。便利な世の中になっている分、コミニケーション不足は否めない気がする。文字を媒介とするやり取りになれすぎて、目の前にいるのにメールを使う輩もいる。余り褒めらたことではないと思うのだが、もう少し、言葉で関わりを持ってもらいたいものだ。
と、一真が溜息をつくのは、今回は、会社のHPからメールのみでやり取りをした客だからだ。正直なところ不快な部分は感じていない。ただ、今日ばかりは、直接会って言葉を交わすのだ。不安の種は仕方がない。
「天城くん」
「ん?」
振り返ればホテルのカウンタースタッフ田口法子が立っていた。
「今回はうちを使うの?」
「どうかな?」
「えっ?」
「データは、真っ白だ…とりあえずの要望に添っているのはここのチャぺルだとは思うんだけどね」
「ふぅ~ん」
「それだけ?」
「ん…仕事の後、たまにはどうかな?って思って」
「ん~確実なのは7時ごろだぜ」と、一応時計を眺めながら一真は呟いた。
法子は、一真とは、それなりの付き合いだ。同期入社をして、子会社であるホテルグループへ移動するまでは、何度も仕事で組んだ仲でもあった。癖というか、頭が別の事を考えている時に見せるその仕草に気付くまで、何度か待たされた事があった。
だから、「OK、じゃあ、7時に」と答える。今日の勤務時間は、7時までだ。着替えて、待ち合わせ場所に向かって、少し待たせる程度の時間を予定設定しながら。
「遅刻したほうが、おごる事ね」
「はいはい」
「じゃあね・・夜」
「ああ…」と、一真は、約束の時間を確認して、ロビーを見渡した。
多分待ち合わせている人は、白髪の混じったご夫人だろう。予測していた以上に機械に縁遠い感じがする。
「こんにちは…白鳥さまでしょうか?」
「えっ…はい」
「わっぷすの天城です」
「初めまして、天城さん、本日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
天城は、白鳥婦人の前の席に座ると、他愛もない話をはじめた。本来すべき、結婚式の話に触れる事もなく、流行歌や花の話を交えながら、香りの話へと移っていった。
そんな話は、十分もあっただろうか。白鳥婦人がじれて本題を切り出した。
「それで…お値段のほうですが?」
「あっ、すみません…お伺いしている予算内で収まっていますが、この後、幾つか確認していただき、値段を確定させていきたいと思います」
「でも…」
「事前にお伺いしている話と、いま、教えていただいた内容で、ご希望にそう形でできるかと思いますが、何か心配事があるようですね」
「えっ…」
白鳥婦人は、一真を見詰めたまま,息を呑んだ。
わっぷすのHPで見る限り、この会社でプランニングを頼んだ人の多くは満足しているように見られた。ブログや掲示板といった物を使った顧客の反応には悪い物も混じっていたが、よく観れば言いがかり的なものが多かったような気がする。にも拘らず丁寧な返答がどれにもされていた。その返答の多くが「KAZUMA」が書いているものだった。だから、プランナーの中で「KAZUMA」と成っている人を選んでメールで相談をしてみた。
「そ、そうだわ…わっぷすって・・ウエディング、アドバイザー、パランニング、スタイルの頭文字を取っててかかれていましたけど…若い人にはわかるのでしょうけど」
「そうですね…若い人がわかるかどうかは別にして…アドバイスをする事で、自由なプランニングをしていただきたい、という事が私たちの根底にあります」
「アドバイス…」
「はい、アドバイスをさせていただいて、プランニングはお客様ご自身でしていただく形です…それは、絶対的な思い出の日になるための協力ですね」
「絶対ですか」
「はい…最近は、気軽に別れる人もいますから」
「別れ…」
「はい、思い出は、良い時も悪いときも力を貸してくれますから」
「………」
ぺこりと婦人は頭を下げた。他に何か必要に思えなかった。必要なものは全てそこにある。そんな感じさえした。大切なもの、何処かに置き忘れた大切なもののを見つける方法のように一真は言っている。それがなんとも心地良かった。
「?」
「お任せしますね」
「えっ?」
「あなたになら」
「お待ちください…私どもは何も未だ提示していませんが」
「あっ、そうですね」
クスッと一真は微笑み、立ち上がると「では、私どもが今回用意させていただいているプランをご案内します」と婦人に手をさしだした。なんとも嫌味のない、はにかんだ笑みだった。
婦人は、一真の手に手を載せるようにして、スッと立ち上がった。決して、腕を掴むよな事はしないし、力を借りて立ちあがる事も無かった。
(さて…隠されている扉は…と)
一真は、ホテルの北側にあるチャペルへと婦人を案内した。
道中、する話しは食事や景色の話しが多い。反応が無い話は、見切りを付け、別のアクセスを行っていく。そうまるで、ミルフィーユを1枚1枚破かないように取り除くような作業だった。
あなたに大切なのは…と、聞く事ができればどれだけ楽だろうか。
どれだけ、新郎新婦は、彼女の事を信頼しているのだろう。こんな日にも現れないで。
「ねぇ、天城さん」
「はい?」
「不思議よね」
「何がですか?」
「うちの娘と婿様…」
「まぁ、私にすればですが…それも、ありなのでしょう」
「そういうものですかね…」
「何か心当たりでも?」
「はい」
「………」
「娘は、私に気を使っているのです…夫に先立たれ、長女も不慮の事故で…自分が結婚する事で私が独りになる事を気にして、一緒に暮らそうと」
「いいお嬢様ですね」
「婿様は…そんな娘を気遣って、挙式を私に一任してくださったようです」
「必要としている…ですか?」
「えっ?」
「こういう仕事ですから…義母の顔を立ててとか、色々、見る機会は有りますので」
「そうなんですね」
「はい」
「必要とされているのでしょうか?」
「どうでしょうか?」
「えっ?」
「きっと、望まれる答えを口にすることはできます…でも、その答えは、正解でしょうか?」