水城は、ホテル脇にある歩道橋でタバコに火をつけた。久しぶりに銜えるタバコだった。別に吸うわけではない。ただ吹かすだけのタバコを。
水城は、仕事柄、タバコを吸わない。吸っていた時期もあるが、高校生の頃には止めた。
そんな水城がタバコを吹かす時は、誰かのレクイエムだった。
「終わったのか?」
天城は、面倒臭そうに話しかけてきた。
「ああ…無事というか…なんというかな」
「何かをして、失敗すれば、誰がソイツの尻を拭かなければならない…それは、俺たちでも、お前のところでも同じだろ?」
「ああ…」
「だが、後味が良くないか?」
「正直に言えばな…」
水城は、クスっと笑みを零し、「なぁ、誰の頼みか聞かなくて良かったのか?」と尋ねた。その視線は、定まらず、流れていく車のテールランプを眺めていた。
「聞かないほうがいい事もあるんだろう?」
「……まぁな」
「だったら、いいんじゃないか?」
「俺は、お前の悟りきったそういう部分が嫌いだ…」
「別に悟ってはいないさ…」
「あん?」
「お前を信じている…」
「?」
「だから、何も聞かずに協力をする…それだけだろ」
「らしいよな…サラリーマン」
「だろ?」
天城は、そう言って笑い返した。
「それはいいとして…何を苛立っている?」
「…親の思いの莫迦らしさ…かな」
水城は、苦笑した。手すりに手にしていたタバコを置き、ポケットから缶ビールを取り出して、天城に渡しながら。
「どうも…」
「それだけ?」
「ん?…誰かに対するとき、人は莫迦になるだろう?」
「そうか?」
「ああ…」
「例えば…?」
「恋人が拉致られたら?」
「取り戻すさ」
「即答だよな…」
「ん?」
「即答できない奴もいるさ…」
「………」
「全てが、一つの答えに繋がるわけじゃない…人が人を大切に思う形は一つじゃない、俺の立場とお前の立場では、出る答えも違うだろうしな…その上で、莫迦になる瞬間があるさ…」
「そういうものかな…」
「ああ…きっとな…」
天城は、そう言うと水城の横を通り抜け、歩道橋を渡り終えた。
きっと天城は依頼主が誰なのかを知っているのだろう。その上で手伝ってくれたと思える。下手に人情を語る奴よりも人情深い。自分の立場を危うくするかもしれない仕事に対して、何も言わずに協力してくれる。
それも一つの思いなのかもしれない。
笹尾の美津子に対する思いと、何も代わらないのかもしれない。
愛情も友情も人情も、全てが情における想いならば、そこに形の違いがあるだけで、その根底にある相手を大切にする思いは同じなのかもしれない。
「ありがとう…」
水城は、そういい残して、ホテルの方へと向かって歩き出した。
(伝えない形の…愛情…か…)
何となく、そういう形の思いもいいと思いながら。