弥生の言葉が健太にはありがたかった。
十月十日。傍で、女性のお腹が膨れていくのを見つめていても、男が親になれるわけではない。突然、誕生した子供と対面して、親になる。それだけだ。子供にしてもそうなのかもしれない。母は、何処かで繋がっている。でも、父は、突然、父になる。幸いな事に認識という時に、父は父として認識されるのだが。
「健太!」
「えっ」
「考え事ばっかりして…」
「……ごめん」
「えっとね…」
「?」
「家族は、家族になろうと決めた時から家族になれるんだよ…」
「…(強引な教え方だな、弥生)」
「えっと…絆は、形からでも、本物に慣れるんだ…あたしの事を考えて、相手の事を考えて、家族の事を考えるの…それで…」
「(あっ!)……」
健太は、クスリと笑みを溢し、残っていた最後のトーストを口に押し込み、コーヒーで喉を潤した。
「何?」
麻奈は、少し困ったように照れて笑った。
麻奈のその仕種は、弥生に似ている。コピーしたかのように。
「当たり前の事に…感謝しよう…だな」
「…あれ?」
「『運命とか、宿命とか、色々と起きている事を特別に見ることができる…でも、その前に感謝するべきだね…』って弥生がよく言っていたよ」
「うん…だからね」
「?」
「きてくれてありがとう…」
「えっ?」
「怖かった…寂しかった…、みんな、わからない事を言うの…引き取っても良いよって、誰でも好きな人の家に言って良いって…でもね」
「ん・・・」
健太は、麻奈を抱き上げ、リビングの端、ベランダが眺められるソファーに座った。
麻奈が震えている。きっと、本当は口にしたく無い言葉なんだろう。戸惑い、困惑する健太に対して、自分のすべき事を、思いつくことを全てさらけ出すように、自分と向き合っている。
身内は、弥生だけだった。それは、この家が物語っている。支えてくれるのは、同居していた杉村早苗だけだったのだろう。でも、早苗では、支えきれない事がある。法という括りの元で、悔しい思いをしたのだろう。早苗は、早苗で。
「だって…会ったことも無いんだよ…病院にも誰も着ていなかったのに…」
「もう・・・いいよ…」
健太は、麻奈を抱き締めた。震えている麻奈の震えを止めるように。
肩口が濡れていくのが解る。
大人は勝手な生き物だ。たぶん、他の人からみれば、健太もその一人なのだろう。突然、現れた父親、法で定められた身内とはいっても、一緒に暮らしていなかった人物。たぶん、普通に暮らしている限り、麻奈のセイカツヒハ困らないだろう。銀行がつぶれでもしない限り。
「健太…」
「親と子は、一緒に育つんだって…」
「………」
「家族は、お互いを意識する事から始まるんだよな…」
「うん」
「絆は、すぐに本物になるよ…本当の親子なんだから」
「うん」
「よろしくな…麻奈」
「うん…パ……健太…」
健太は、苦笑しながら、空を見た。青く晴れ渡る空を。
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