これも…恋物語(33) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

高須は、夜間入り口から病院に入るとエレベーターを待つ間も惜しんで階段を駆け上がった。高須の妻晶子の入院している外科病棟は、東棟4階にあった。呑んでいなければ、そんなに苦労しないものでも呑んでいると結構な距離に感じられる
それよりも呑んですぐに走るのは自殺行為に感じられる。はっきりといって気分が悪い。吐きそうなほどに胃が踊っている。自分の身体を労われよといわんばかりに身体が意識に反旗を翻している。
きっと、それは高須も変わらないだろう。それでもなお走り続ける。
(そんなに……)
足を止めたい衝動を不安という恐怖に押さえつけさせながら、哲也は、高須の後を追った。内心「死ぬかもしれない」と苦笑を漏らしながら…。
病室は、個室になっていて、その出入り口の前で医師と看護士が立って高須を迎え入れた。それほどまでに自体は逼迫しているのだろうか。
【あっ、来てくれたんだ……】
晶子は、部屋に飛び込んできた高須に気付き、微笑みかけた。少しのんびりとした様子で身体を起こし、ベットに座った。その間に、高須は、呼吸を整えていた。肩で息をしていたのが嘘のように、無理矢理に呼吸を落ち着ける。そんな感じだった。
「ん、毎日、お前の顔を見るのが日課だから、な」
【ありがとう】
「何言っている、夫婦だろ…」
【そうね】
「それより、遅くなって悪かったな…」
【ううん…仕事は大丈夫なの?】
「ああ…幸いな事に、な……」
【そう、だったらいいけど】
哲也は、高須の独り言に耳を傾けながら、覗くようにして病室を覗き見た。
(えっ…)
その妖艶とも言える美しさに哲也は息を呑んだ。ああ、この女性は必死に生きようと踏ん張っている。自分を保ち、相手を惹きつける努力を怠らずに精一杯強がっている。その美しさは、他の美しさとは違った。きっと、哲也の知る美しさのどれにも該当しない美しさとして存在していた。これを命の煌きというのならばそれでいい。ただ言葉では言い表せない力強い美しさがそこにはあった。
【久しぶり…哲也君】
そう晶子の口が動いた。声には張りがなくなっていて聞き取りにくい状態にあった。それでも満面の笑みで声をかけてくれていた。
「(独り言じゃ…なかったんだ…)ホント…久しぶりですね…」
哲也は、あふれ出し零れそうになる涙を押さえつけるように感情の高ぶりを押さえて言った。なんて気丈な人なのだろう。「『常に誰かに見られている』その緊張感を忘れてはいけないわ」というのが彼女の教えだった。口癖というか小言のようにも感じていたその言葉は彼女の生き方だったのだと初めて知った。そんな気がした。
誰もが独りで闘っている。
その苦しみ、辛さは、本人にしかわからない。その事を理解したうえで、相手を慈しむ事が大切なのだ。それは誰にも変えることのできない事実。そこに相手を愛しく想う気持ちが重ねられているからこそ、この関係が成り立つのだろう。
きっとここにいる専門家のほとんどは、高須晶子の現状を絶望視しているだろう。そこに闘う命があることを横において、科学的見識だけで…。
高須健吾の気丈な想いもデータ等においてはかなくも崩そうとしている。
本当に強い人間など存在していないのかもしれない。誰もが強がっているだけに過ぎない。折れてしまいそうな心を強がりという言葉で守っているだけなのだろう。
「ホント、コイツは全然、こないんだから…冷たいよな…」
高須は、言いながら哲也を一歩前に押し出した。その手が震えている。弱気に負けそうだった自分を気持ちで支えようとしているのだろう。
『命は消える。でも、その存在は、忘れない限り消える事は無い。だからこそ、もう一度めぐり合う魂はある。そういう想いを継ぐ気持ちが輪廻なのかも』と真神が言っていた言葉を思い出した。
いま、科学的見識に押しつぶされそうなプレッシャーの中で必死に踏ん張るための糧にこの言葉をしている男が居る。それは、大切な思いなのだろう。
相手に対する依存。それは人それぞれが持ち合わせているものだろう。表面的な恋人たちも相手を束縛する恋人たちも互いが許容できる範囲で相手を認め合って依存しあっている。そこに結果を求めるのは愚行なのかもしれない。
いまが、この一瞬があるからこそ未来は紡がれていく。
この一瞬の自分がいるからこそ、未来という結果が創りだされていく。
「もし…」という過去の仮定は何の意味も無い。振り返る過去はあっても替えることのできる過去は無いのだから。未来に、過去にした失敗をしなければいい。その為の記憶なのかもしれない。
【あっ…そうなの?】
「えっ…それって…先輩……」
「そうか?寂しがっているから…来てくれって行ったことなかったか?」
「たぶん…」
【どっちなのよ、貴方…】
懐かしい雰囲気がそこにはあった。何度も見てきた惚気のような痴話喧嘩。いつかそんな関係が恋人と作れたら、と思っていたこともあった。
「あっ、俺、トイレに…」
【うん、解る?】
「子供じゃないんですから、迷子になったら看護士さんに聞きますよ…」
【そう…じゃあ、いってらっしゃい】
「うっす…」
哲也は、逃げるようにその場を離れた。いや、逃げた。トイレに行く最中涙が溢れ出た。とめどめもなく涙が流れ続けた。まるで身体の中の寂しさを押し出すかのように、静かに流れ続けた。
「ぐっ…がはっ…」
ゲホンゲホンとむせ返し、アルコールが一気に口から飛び出していく。胃がひっくり返りそうなほど痛い。身体中から脂汗が噴出し、立っているのも苦痛に感じられる。涙も鼻水も汗も、顔をグシャグチャにしていった。
それをさっきまで呑んでいた所為にしたい。そんな気分になった。