これも…恋物語(3) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

22時少し過ぎ。哲也は、少し混みはじめたタクシーを眺めながら、社用バンを運転していた。基本的には電車族なのだが、会議などの資料が多い時は仕方なく車を使っている。
「ねぇ…チーフは…どんな人が好みですか?」
沈黙を破るように麻奈が、不意に聞いてきた。あまり喋らない哲也と二人だけになると息が詰まるのか、麻奈は、会社では見せないほどよく喋る。会議などで会社ほど言いたい事がいえないのも原因の一つにはあげられるだろうが…。
(またか…)
その質問は何度目だろう。クリクリとした目を輝かせながら麻奈は哲也を覗き込むようにして訪ねてくる。同じチームになって、車を使って初めてした会議参加の日にも尋ねてきた。まるで、車に乗る時の会話が決まっているかのように。
「ん…君みたいなのが…」
「また……、嘘ばっかり…」
麻奈は、少しウンザリしたように溜息をつき、シートに凭れかかって、哲也に背を向けるように窓の外に目線を移した。哲也の恋人の顔を知らないわけではない。哲也に「どんな人ですか」と尋ねた時、パスケースに入っていた写真を見せられた。言葉で説明するのは面倒だからと言っていたが、自分とは全く似ていないタイプの女性だった。
「信用無いのな、俺って」
「だって…」
「何?」
「食事に行こうな…って誘われてから…」
「?」
「何度も誘ってくるくせに、この2年近く、一回も行ってないじゃないですか」
(大人の社交辞令だと…思うが……たぶん)
「それにいつも上の空で適当に返事返すし…」
「……じゃあ、車を会社に戻したら…行こうか」
「えっ?」
「食事…時間が時間だから、少しは呑みも必要かな…」と、哲也は、少し苦笑を漏らしながら続けた。無理に誘う必要はないが、同期入社以降、何度か、会社までの道を似たような話で流した記憶は確かにある。その都度、最終的に言うのは、「今度…」だ。それは、普通に社交辞令だったのかもしれないし、本気だったのかもしれない。ただ、その機会がなかった。相手にも恋人がいるし、自分にも恋人がいた。だから、二人で食事と言う事にはならない、はずだった。少なくとも、残業の後、会社の同僚と呑みにいくよりも恋人の元へ行く方が大切だったはずだ。麻奈に関して知っている事で考えれば…。
「い、いいけど…」
少し上ずった声で麻奈は答えた。ガラスに映る哲也の視線に少し照れてしまう。自分が話を振った手前、断るに断れない。「恋人と待ち合わせているから…」と、色々な人の誘いを断ってきたのに断れなかった。理由は、色々と有るが、一番はタイミングだろう。
「無理しなくていいんだぞ…」
「えっ?」
「いつものお前らしくないから…」
「お前って言うな…」
「勝海さんが…」
「…チーフの方こそ…」
「別に俺は、一人身だし…」
「あたしだって結婚はしていませんよ」
「何、むきになっているんだ?」
「えっ…別に」
麻奈は、溜息をつきながらシートに凭れかかった。本当に何をむきになっているんだろう。別に不倫をしているわけでも浮気をしているわけでもないのに。そういえば、誰かが言っていた。本当の純愛は、不倫だと。
何を根拠にそう言っているのかはわからないけれど、なんとなく実感できる。不倫こそが純愛だと。
確か…不倫は、見返りを求めない純粋な喜びの形だとその人はいっていた。不倫には、引き換えにする代償が多いと。家庭であったり、会社での地位であったり、財産であったりと。その上で代償を求める事ができない純粋な思いだからこそ、純愛だと。
本当にそうなのだろうか。
恋人に何か見返りを求めて付き合った記憶はない。でも、何かを求めているかもしれない。それに気付かないだけで、相手に何かを要求しているのかもしれない。それが明確でないから、答えが見つけられないだけで。
不倫を美徳する意見。それはきっと不倫の正当化に過ぎない。
でも不倫を否定する気にもなれない。
愛の形は色々とあるからだ。
そこに正しい答えが有る保証はないけれど、その人たちがそれぞれの思いを貫いた形があるのだから、それでいいと思う。
世は、純愛ブームという奴だ。少し前は、不倫がブームだったのかな。「不倫は、文化だ!」とわけのわからない事を言う人もいたような気がする。それは、それで個人の主張だが、不倫を大手振って正当化するのはどうかと思う。
「ついたぞ…」
不意にネオンライトが闇に呑まれた。
「あっ…」
「何を考えているんだ?」
「ううん…別に」
「恋人さんは…連絡しなくて良いの?」
哲也は、車を降りながら聞いた。そういえば今日は、彼と何をした、という話を聞いていない。これからデートだの、次の休みには何処に行くのだの…聴かないのに色々と教えてくれる麻奈が何も言わない。喧嘩でもしているのだろうか。
「ん、いいの…」
「そう…喧嘩か?」
「そんな感じかな…」
麻奈は、気のない返事を返した。会議で使った資料を哲也と降ろし、部屋に戻すまで会話もない。エレベーターに乗っても…。こうなると、一緒にいる方は気が滅入ってくるのだが、哲也には関係がない。
孤独をこよなく愛しています。そんな感じで沈黙の中にいる。時々、沈黙を破るように音程のあっていない歌を口ずさんでいる。何処かで聴いたような知らない歌を…。