集団アセンションに欠かせない【瞑想】簡単であり、難しくある瞑想。永久保存版 | 【ガイヤのえがお】 必要なものが、必要な時、必要なだけ、の社会をめざす。    神聖政府、神官光の絵師

 

 

永久保存版

瞑想

 

集団アセンションに欠かせない瞑想

簡単であり、難しくもある瞑想

 

静岡県榛原郡川根本町に瞑想道場を

6月13日(木)から開きますが

 

瞑想道場を開くことに先駆けて

瞑想のお話しをさせて頂きます

 

瞑想をテオドールという銀河人が解説しています

以前このブログで瞑想の概略を説明しましたが

 

今回は、引き続き

第一~三段階まで説明している中、今回は第二段階まで説明します

 

驚くなかれ瞑想の第二段階でも、

天(源・創造主・神・管理者・宇宙意識)の高次の意識に繋がります

 

高次の意識とは愛の意識であり、

愛の意識は伝播しやすい波動なのです。

 

6月3日の集団アセンションの臨界点は現在も85%です

このブログを訪問されている人、ライン、【ガイヤのえがお】会員の方の

 

本人、家族、友達などに第七密度の指導霊が1930名付いています

この意味は、未来に集団アセンション出来る事が見えたので指導を始めています

 

日々、瞑想をしながら精進し、楽しく、夢;希望を持ちながら

お過ごしください。(笑)も忘れずに笑スタードキドキドキドキドキドキ

 

天・神聖政府の意思を伝える

神官・光の絵師

 

瞑想はこれまで、人間が神を身近に感じるための方法として、用いられてきました。それはこれから先も何らかわることはりません。神を身近に感じることの重要性はほとんどすべての宗教において共通に強調されていることであり、宗教の種類によってその表現方法が異なっているだけに過ぎません。

 

訳注:昨年12月に地球の評議会の指示で、地球上の宗教宗派は、解散を命じられています。何故なら、宗教宗派の僧侶・牧師・宮司たちが、直接神を感じ繋がり、神からの個々へのアセンションガイダンスを受け取ることを阻害しているからです。

 

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瞑想

テオドールからメッセージ

 

瞑想は意識をシフトさせる際に非常に重要です。瞑想により、あなたは心を静め、交信を妨害するブロックをとり除くことができ、直観を通じて語りかけてくる(ハイヤーセルフ・天・源・創造主・神・管理者・宇宙意識)からのメッセージを得たいと思う気持ちを自覚させる効果もあります。

 

また、瞑想には、神霊との交信を求め、神霊から助けを得たいと思う気持ちを自覚させる効果もあります。神霊は本人の意思を無視して働きかけることはしないので、あなたが神霊の存在を認めることで心を開き、神霊に助けを求めようとしない限り、神霊は姿を見せませんし、あんたの心に神霊を受け入れる意思がなければ、神霊の存在に、かえって混乱させる効果を招くでしょう。

 

神霊にその存在を受け入れることを意思表示するには、実際に口に出して神霊のガイドを癒しを求める方法が考えられます。あるいは瞑想や静かな音楽を聴くこと、本やセラピー、クラスなどから必要な助けを得ることなども、間接的に神霊に働きかける効果を生みます。

 

神霊を自分の人生に受け入れる準備さえ整っていれば、神霊からの助言を得ることはいつでも可能です。ですから、まずは神霊を呼び寄せるために瞑想をすることから始め、瞑想の中で、自分が神霊の存在を受け入れていることを伝えるか、あるいはそれほど堅苦しいことをしなくても、ただ神霊に対して好意と尊敬の気持ちを感じるようにしてみて下さい。

 

霊的に成長し、人類のためになることをしたいと真剣に願うなら、生活の中に瞑想をとりいれなければなりません。瞑想することに何か抵抗を感じていたら、なぜそのような抵抗を感じるのか分析してみてください。

 

瞑想を習慣とするには時間がかかり、訓練も必要とするため、人間の自我(エゴ・偽我)なかなか瞑想と馴染もうとはしません。また、人間は意識的に、容易に楽しめること、自信につながることに優先的に取り組もうとする傾向があります。さらには、瞑想することを恐れる気持ちも原因の一つとなりえるでしょう。

 

自我(エゴ・偽我)は現状よりもさらに大きなものに成長することをためらう性質をもっており、そのような抵抗は恐怖感などを通して表現されます。自我(エゴ・偽我)はその存在が無視されたり、抹消されることを恐れます。瞑想に関して自我(エゴ・偽我)がこのような猜疑心を抱くのもまんざら的外れなことではありません。

 

というのも、瞑想は、個人に自我を超越させる効果を持ち、その意味では自我をなくすことにもつながるからです。しかし、死を通じて以外には自我が完全に消滅することはあり得ず、従ってこのような恐怖感は事実に根ざしたものではありません。それにもかからわず、自我が恐怖感を拭いきることができずにいることから、瞑想の習慣を怠けてしまうことがしばしばあります。このような抵抗は、特に瞑想の効果が現れ始めたころに見られます。

 

瞑想を妨げる障害にはこのほか、時間、場所、落ちついた雰囲気の確保の難しさなどの制約が挙げられます。忙しく騒々しい毎日を送っている中で、静かにくつろげる時間と場所には、ライフスタイルを変えることがおそらく必要です。霊的成長には平穏とくつろぎが必要ですし、これは瞑想するためだけでなく、健康な生活そのものに欠かせない要素と言えます。今の生活でくつろいだ時間を少しも持たない人は、そのようなひと時を創ることが、霊的修養、および意識に目覚めた生活を送るという決意を果たす最初のステップとなるはずです。

 

平和や心の平静を得ることは、あなた方の社会では容易なことではありません。非常に多くの人々が、肉体的・精神的な病気にかかったり、優うつを経験している原因の1つに、今の社会状況が人間に平穏でいることを許さない・・・という背景が挙げられます。たとえ困難でも、この不健全な社会習慣を続けている限り、社会を変革し、癒しをもたらすことはできないでしょう。このメッセージを読む多くは、地球を癒すためにこの星に転生を果たしたのですが、その目的に反して、地球と同じ病に冒されてしまっています。自分自身でいることを恐れないでください。のんびりとした時間を生き、花の香を楽しむことを試してみましょう。花の寿命は短く、香りを楽しむことをためらっている間に、あっという間に枯れてしまいます。

 

【瞑想の第一段階】

 

瞑想の一連のプロセスについて、言葉で説明することは難しいのですが、三段階に分けて説明するのが最もわかりやすいでしょう。瞑想の第一段階では心が平穏な状態にあり、直観の作用を可能にする、軽いトランス状態を伴います。この段階ではゆったりと、リラックスした気持ちが得られます。瞑想の回数を増やしていくにしたがい、ライフタイム全体を通じて、常にこのような心の平穏・・・瞑想の第一段階・・・を感じ続けることも可能です。

 

一日にニ十分の瞑想を毎日続けるだけでは、この第一段階からさらに先に進むことは、ほとんど不可能ですが、それでも毎日何もしないよりは、ずっと多くの成果を得られます。どんなに頑張っても二十分が限度だという人も、瞑想しなかったころに比べれば、生活のあらゆる側面が改善されていることに気がつくはずです。

 

瞑想を続けることによって、まずあなた方は、自分の集中力が増したことに気づきます。瞑想することで、どのような事に対しても、注意力、直観力、処理能力が増し、問題解決の効率や効果が上がるでしょう。

何事に対してもポジティブな見通しを持ち、平常心と満足感をもって解決に当たることができるため、何をするにしても自分自身に満足を感じることができるようになります。

 

これまでストレスに満ちた状況であると感じられた問題がそれほど困難に感じられなくなり、むしろ自分に与えられたチャレンジとして問題を歓迎するようになるはずです。また、瞑想は心臓の鼓動を遅らせ、血圧を低め、不安感を減らし、エンドルフィンの分泌を促進し、身体全体の血液循環の効率を増す働きがあるため、肉体的健康の増進にも役立ちます。ですから、瞑想によって生活態度が変化し、ストレスそのものが減るだけでなく、ストレスによって引き起こされる身体的反応も減少させ、ストレスに強い体質を作る効果を発揮します。

 

瞑想は非常に簡単でそれほど多くの時間を必要としない上、それによって得られる利益は実にさまざまです。人生をより良いものにするためにうってつけの、この気楽な方法を利用する人が、なぜもっと多くいないのか、理解に苦しむところです。理由として考えられるのは、社会的サポートが十分得られないということのほか、瞑想を実践することができるのは、選ばれたほんの一握りの人たちだけだという思い込みがありますが、これらは、根拠のない思い込みに過ぎません。

 

瞑想はこれまで、人間が神を身近に感じるための方法として、用いられてきました。それはこれから先も何らかわることはりません。神を身近に感じることの重要性はほとんどすべての宗教において共通に強調されていることであり、宗教の種類によってその表現方法が異なっているだけに過ぎません。

 

訳注:昨年12月に地球の評議会の指示で、地球上の宗教宗派は、解散を命じられています。何故なら、宗教宗派の僧侶・牧師・宮司たちが、直接神を感じ繋がり、神からの個々へのアセンションガイダンスを受け取ることを阻害しているからです。

 

瞑想の第一段階では、自分の意識が散漫になってしまうことが、大きな障害となるでしょう。完全に大地段階を習得するまでは、あなたの心は瞑想の間、一つのことから別のことへ飛んでしまいます。自分の心の動きに後からついていくのではなく、心そのものを思いのままに従わせるようになることは、霊的進化の課題のひとつであり、唯一瞑想によってのみ修得が可能です。

 

心を超越するためにはまず初めに、何かに意識を集中させることで、心を静めることからはじめなければなりません。何か意識を集中する対象があれば、自分の心が他のことにそれてしまった時にすぎに気づき、再びもとの対象へと心の焦点を戻すことが可能です。心がよそに向いてしまわないように、集中を保つことが、瞑想の第一段階で学ぶべき課題です。

 

瞑想を始めるようになった最初のころは、自分の心がいかに一つのところに定まらず、あちこちとさ迷ってまとまらないかに、気づいてビックリすることでしょう。心が横にそれる度に何度も何度も集中し直すという訓練を続けていくうちに、ようやくあなたの心は、他のことにさまよう回数を減らすようになります。心の手綱さばきをするのは、容易なことではありませんし、最初は訓練によっても目に見える成果は得られません。

 

しかし訓練を重ねていくうちに、ついに、意識の集中を維持し、現在のその一瞬だけを生きることが可能になります。瞑想の第一段階をクリアした後も、まわりの人は、あなたの変化に全く気がつかないかもしれません。第一段階の習得は、困難の割りに得られる成果が、少ないように見えるかもしれませんが、この進歩は、あなたが神に向かって大きく一歩近づいたことを意味し、非常に重要な成果に他なりません。

 

第一段階では、座り方、瞑想する時間帯、瞑想する前に食べ物を口にするか否か、野菜中心の食生活をしているか否か、呼吸法といったことを考慮することはそれほど重要なことではありません。瞑想に対するこのような姿勢は、瞑想の第二、第三段階では重要となりますが、最初からこういったことを重要視し過ぎると、生活の一部に自然に瞑想を取り入れることが難しくなってしまいます。

 

あまりに多くの条件を設けることは、初心者が瞑想を習慣化する邪魔になりますし、実際あなた方の社会で瞑想が定着しない理由の一つもそこにあります。得られる成果が非常に小さく、しかも最初はほとんど気づくことさえできないようなことのために、熟達した瞑想家や瞑想グループ・団体などが期待するような高度な訓練を積もうとする人はほとんどいないはずです。

 

しかし、瞑想の際に背筋をきちんと伸ばした姿勢ですわることや、瞑想前に何も食べずにおくこなどは、第一段階でもとめられる心の集中に役立つことの一つでしょう。心の集中を保つことができるようになり、訓練によって求められるゴールにシフトが生じたとき、先ほど述べた、条件の類の重要性が増してくるはずです。

 

【瞑想の第二段階】

 

第二段階の特徴は、(普遍的自己)との頻繁な出会いに象徴されます。心の平穏が保たれているときには、ほんの一瞬ですが(普遍的自己)の存在を感じられるようになります。普遍的自己の存在を感じているときは、離脱感、平穏、静けさ、時間の超越を体験します。その際には、個人的自己に関係することは全て、非常に遠く、ぼんやりとしたものに感じられます。

 

訳注:普遍的自己とはハイヤーセルフのことです。受胎3ヶ月で新しく生まれた魂に合体する魂で、過去の輪廻転生を経験した魂になります。

 

この段階で得られる俗界からの離脱、客観的視野、受容性などは、癒しの効果を高める役に立ちます。第二段階は、本人の心の傷が(受容性欠如)にある場合のヒーリングに、特に効果があります。この状態では普遍的自己と交信することも可能であり、生きる上で意味深い洞察とサポートを得ることができるでしょう。瞑想の中で普遍的自己との出会いを経験してからは、客観性と平穏、受容性、新しい自己認識が身につき、自分自身の内面世界と外の現実世界を、より平和に、充足した気持ちで生きることができるようになります。

 

瞑想の第二段階を習得するまでには、毎日、数年間の訓練が必要になるかも知れません。この段階では、意識のシフトがあなた自身にも、まわりの人々にもはっきりと見えるようになります。この意識のシフトには、先ほど述べた俗界からの離脱、客観的視野、受容性などの感覚を瞑想の中で体験することも含まれまれています。ここまで来れば以前のように、自我がいたずらに(ゴール追及ゲーム)に興じるようなこともなくなり、実際、あなたは自分の自我をありのままに見つめられようになります。つまり、自我は何かをやりとげる方便であり、自己利益だけを語る誠意のない声(あなたがこれまでしんじこんでいたような、賢い理性の声でなく)であり、あなたが、生き残るのに必要な仲間としての役目しか果たせない存在です。

 

生きる上で、個人的自我の影響力が影を潜め、普遍的自己と交信する頻度が増すにつれ、この新たな意識レベルに調和するよう、あなた自身の変化が生じます。意識のシフトに伴い、人生のほとんど全ての側面(仕事、人間関係、住む場所、食事の内容、時間の過ごし方など)を、これまでとは全く違った角度から評価することが可能となるでしょう。人生の再評価は新たな意識レベルに達したことから得られる自然の結果です。普遍的自己はあなたが同意すれば、自我がこれまで選んできたライフスタイルとは全く異なったライフスタイルを選択することでしょう。

 

ライフスタイルの変化にドギマギさせられるようなこともあり得るでしょうが、変化は全て自分にとって正しいものであると感じられるはずです。さらには、あなた自身のポジティブな変化は、まわりの人にもはっきりとわかるように成り、まわりの人々は、なぜだか理由がわからないままに、あなたの変化をサポートするようになるでしょう。他の人から見たあなたは、生き生きとして自信に満ち、自分が何を望んでいるのかを明確に理解しており、まわりの人も、あなたと同様のことを、あなた自身について感じるようになります。このような変化を通じて、あなたは本当の自分を発見することでしょう。変化することは決して、容易なことではありませんが、変化が意識のシフトから引き起こされた場合、自信と信念が支えとなるはずです。

 

この第二段階では、日常生活の中で普遍的自己の存在が次第にはっきりとし、本人にもまわりの人々にもそれとわかるようになります。自分自身についてこれまでとは異なった感じを持ち始めるにつれ、あなたのまわりには自分と似通った人生経験を持つ人々、似通った意識レベルの人々が集まるようになり、そうでない人々はあなたから離れていくようになるでしょう。自分のまわりにいる人間が変わることが、瞑想の第二段階で最もはっきりと現れる変化のひとつです。新しいライフスタイルと物事への姿勢をサポートするためだけでなく、幸せな気持ちを味わうためにも、シフトを果たした意識は、同じレベルの意識を友人に持ちたがるようになります。

 

第二段階で起こるもう一つの変化は、ケチケチとした考え方や人のうわさ話、上辺だけのことにこだわる姿勢に不快感を感じるようになることです。エゴが関心を持つような物事に関わるのは時間とエネルギーの無駄であると、新しい意識は感じ始めます。快楽の追求や、ただひたすらにテレビを見ていくような消極的なエネルギーの使い方でなく、もっと意味深い、自己の霊的ゴール(霊的発達、健康の増進、他の人々への献身などを含みます)を実現する方向に役立つものに、あなたはネルギーを注ぐようになるでしょう。意識の上昇を果たしたあなたは、一瞬一瞬の大切さ、生きることの貴重さに気づき、人生を真剣に生きようとする意気込みが増すはずです。

 

意識がシフトすると、他の人のネルギーについても敏感になります。しかし、他者のネルギーの質に敏感になることは問題ともなり得ます。あなたは人が大勢一か所に集まるような機会を避けるようになるかもしれません。自分の家族とでもあまり長い時間一緒にいると、つらく感じられることもあり得ます。人を避けることは、罪悪感や不安の原因となることもありますが、それは意識のシフトの過程で自然に起こり得ることです。

 

意識が上昇するにつれ、人が自分のまわりのいても、それほど気にならかくなるはずです。ついには、あなたは他の人とこれまでとは全く違う関係を築くことを学び、他者からの影響を余り受けることなく、しかも、こちらから相手に大きな影響を与えることができるようになります。そして、人々はあなたに惹きつけられるようになります。あなたの側にいると心地よいため、皆があなたのまわりにあつります。人に囲まれることで自分のエネルギーの全てを使いきってしまわないように注意しなければなりませんが、多くの人を惹きつけることは高次の意識を持つ者が他の人々に奉仕する一つの方法なのです。高次の意識を備えた人の側にいることで、他者からネガティブな影響を受けることがなくなった人は、たまにではありますが、同じ方法で他の人の役に立つことができるようになります。

 

訳注:高次の意識とは、天(源・創造主・神・管理者・宇宙意識)に繫がった意識になり、

   愛の意識であり、愛の意識は伝播しやすい波動なのです。

 

第三段階は、瞑想道場にお越しください

とても、高い意識の段階ですが、目標としては、素晴らしい第三段階です。