自主性と主体性の違いについてブログを書きたいなぁ…と思いながら


私にしかできない内容でないと


辞書を開いただけになりそうだし、


どうしようかな…と悩んでいたとき。


Mr.Children30周年ツアーがスタートし、


ドームの50000人の真ん中で歌う桜井さんを見て


これだ!と気づいたのでやっと書き出しました。笑


モンテッソーリ教育は

主体性を育む教育法です。


自主性と主体性は


自らの選択で行動するところは似ていますが


大きな違いは

そこに責任が伴うかどうかなんですよね。

【ここまでならば辞書でいい】


自主性は育まなくてもどんな人間にも実はあります。心理学で言うesに繋がる部分。

モンテッソーリクッキング養成講座で詳しく説明しています。


すでにここでミスチル登場。1995年発売のesを聞いてみてください。笑


それに比べて

自ら選択した行動、結果に責任を伴う

主体性は

最初から人間にはありません。

ないものを育てる、言葉で言うほど簡単ではありませんよね。


主体性を育てるために必要な大切なこと


それは環境人の出会いです。


人の出会いなんて運じゃないか!!


と思いませんか?


環境だって、生まれながらの運じゃないか!!


お金があるない

体が小さい大きい


など、目に見える上部では本人にはどうしようもないところでもあります。


実際、桜井さんは30周年についてのインタビューで


ラッキーだった


と繰り返しています。


時代がよかった。

今なら埋もれていた。

小林武史との出会いもラッキーだったと。


。。。


ですが、ラッキーだけで30周年をドームツアーでソールドアウトできる人間がどれだけいるでしょうか。


なぜ、今も、私がこの景色を見ることができているのかは、

桜井さんに主体性があったからです。


今にも死にそうな時期もありました。

薬に手を出していてもおかしくないくらいの状況のときもありました。病んでいた。追い込まれていました。

ですが、なぜ、そちら側に彼は行かなかったのか…


家族、メンバー、スタッフへの責任感だと思います。

ミスチルは300万枚を売り上げたと同時に事務所を独立しています。全て、自分たちにかかっている環境を小林武史が作りました。

Mr.Children育ての親です。


その小林武史の仕事はプロデューサー。

アーティストにアドバイスを繰り返すのが仕事。

そのアドバイスには彼にもいつも責任が伴っていて、主体性があるからプロデュースできる立場だったわけです。

無責任に、今、売れたらいいアドバイスではなく、日本を代表する、30周年を迎えられるだけのバンドにするための責任あるアドバイスを繰り返してきたのだと思います。


主体性のある人間に出会い

主体性のある人間がそれを受け取ったときに


この最高の景色が現実に存在し、名曲を生むんですよね。



ではレミオロメンは、、、?


同じように主体性のある小林武史にプロデュースしてもらったバンドです。


ですが、ほぼ一発屋で解散、、、


主体性のある人に、運良く出会えたら


粉雪は誕生します。


一発屋でもすごくラッキーなことです。


一発当てるって


誰もができることじゃないから。


主体性のある人にまず出会える環境にいないと

一発屋にすらなれません。



ですが、受け取る側が自主性しかなかったら、

レミオロメンはミスチルにはなれませんでした。

本当にラッキーなだけで。

レミオロメンが好きな方すみません(~_~;)隠れた良い曲も沢山ありますm(_ _)m


人間は1人では生きていけないし

勿論、成功もありません。


必ず誰かの力が加わります。


そのどちらかだけでも必ず主体性が必要になるんです。

良い出会いをしても、受け取る側に自主性しかなければ耳の痛い事は聞かない、嫌なことはしない、自分だけよければいい、今が良ければいい、自分勝手、結果がついてこない…誰かのせいにする、悪循環…

受け取る側に主体性がある場合は

人のアドバイスを無駄にしない、意味を考えるようになる、結果に繋がる、信じるものが増える、裏切りたくないから頑張る、と、循環が真逆になります。


私は


難しいよね

人それぞれだよね


で終わらせる言葉に疑問があります。


認め合った言葉としては使えるけど

歌や文章では、認め合いの真意は伝わらないから


ブログ等で無闇に使わないようにしていて

【桜井さんも使いません】


そう思うレベルのことでは

無頓着にアドバイスも意見もしないように自己完結を心がけています。






継続していくためには

どちらかだけではダメで

お互いに主体性が育っていないとその才能は永遠には開花し続けない。


家庭も

親子も同じ。

子どもだけの主体性を育むだけでは

難関校に合格して終わりかもしれません。


私達大人にも主体性は求められている。


だから、


私のお教室は


いくつになっても


親子教室です^_^


大人は

責任を取るのが怖くて、自信がなくて

横一列の

周りと同じ、周りと比較した子育てをしがちです。

責任って怖いし重たい…


ですが、何かを育てるって

怖いのは大前提。


怖がりでいいと思うんです。

いつもビクビクしてるからこそ

考えるようにもなる。


親になるってカッコ悪いです。

誰かの命と引き換えに

この世界を救えるとするならば

私は誰かが名乗り出るのを待っているだけ。

守るべきものが臆病にさせる。

それが親。


かっこいい親でいる必要もないと思うのです。


それが、結果、カッコイイのではないかとも。


皆さんが思うカッコイイはどんな大人なんだろう…



親ができる事


モンテッソーリ教育で主体性を育ててもらっているお友達の環境をまず用意してあげることが

ひらがなを教えるよりも大切なことかもしれません。

そして、大人の身を置く環境が出会いを作ります。

自主性と主体性を見極めて、私はお教室をしています。





目先だけ、上部だけで比較はしない。


アドバイスや言葉には責任を。


この二つを私は意識しながら。



まだまだまだまだ、私自身も主体性を育てている途中です。完璧にできる日は来ないかもしれないけど、追いかけます。問いかけます。

追っかけ気質だから。笑



受けとってもらえなくても、自分のアドバイスは常に未来を見ています。親子ともに生まれてきてよかったと思ってもらえる未来を少しでも作りたい。


マリアモンテッソーリが目指した

平和教育。


モンテッソーリ教育は

罰を与えて伸ばすのではない。

優しさで伸ばすのです^_^

その優しさは回り回って必ず我が子に返ってきます。



桜井さんが、本編ラストに歌う曲は


Gift♫


ぐちゃぐちゃになって

色は変わり果て

お世辞にも綺麗とは言えないけど

受けとってくれるかな?


と歌う姿から、私が受け取ったものを綴りました。


これを読んでくれた人たちは

受け取ってくれるかな…?♫

ぐちゃぐちゃだけど。笑


30周年で改めて

気づいたことは


桜井さんの書く歌は

241曲あるけど


どれも誰かの、何かのせいにしていないと言うこと。


やさぐれた歌も沢山あるのに

責任は全て自分の中にある。


だから、いつも何かを探している歌が多いです。

自分を探し続けて30年。

継続するって言葉の責任の積み重ねですね。

本当尊敬。


私のライブ鑑賞は

講義を受講しているのと変わりません。笑

3時間の講義を受講し

それをただの娯楽では終わらせない。

好きってきっとそう言うこと^_^


子どもたちにも好きなことを♫



まだまだ伝えたい事はあるけど


今日は一旦ここまで♫