心臓病で生まれた息子の記録

いつか死んでしまうと思っていた、息子も6年生になり毎日元気に登校しています。

その元気さがとてもうれしく、ありがたいです。

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悲しい日々

義父との心無いけんかから、わたしは毎日泣いていた。


なんだろう・・・妊娠してると多少、情緒不安定ぎみですよね?


すごく悲しくて、辛くて、毎日毎日泣いていました。


パパが恋しくて、パパが仕事に行くと、話を聞いてくれる人もなく・・・

パパは、わたしの味方をしてくれた。


「家、出ようか。やっぱり俺と愛とひかりだけで住もうか・・・」って。


一度はアパートに住んでて、新居に同居して、また出ていく。

若い私たちにもさすがにそれは世間体が悪い、

いったいなんでこんな目にあわなくてはならないんだろう、

義父はどうしてあんなふうに、いきなり怒ってきたんだろう・・・


いろんなこと考えた。そして悲しくて仕方なかった。


パパと本屋にいって、アパート情報誌を読み漁った。

どうせならわたしの実家の近くがいい。

どうせなら2人目も生まれてくるんだから、広いほうがいい。

でも、まもなくうまれる大きなおなか。

そして、あと1週間で愛の入園式もひかえていた。


どうしてこんな時にこんなことになったんだろう・・・


この大きなおなかと入園ひかえた身では、引越しなんてできるはずもなく・・・


アパート情報も見るには見ても、どうにもならない現実があり、だから余計悲しくて。


かといって、あの義父のすごい剣幕な顔・・・忘れられない。

あのことばも忘れられない。 わたしは義父が大っ嫌いになっていたから

どうしても、謝りたくなんかなかった。

もう、一緒になんか絶対住めない・・・あんなやつとは・・・

そう思っていた。


でも、現実はどーーにもならなかった。


でも心の中で、この子が生まれてきたら・・・

2人目の赤ちゃんがやってきたら、また明るさが戻ってくるだろう・・・

我が家にも、また赤ちゃんが幸せを運んできてくれるだろう・・・

そう思っていた。きっと、この子が明るくしてくれる、愛の時のように・・・


そんな時、義母が「ひかりさん、お父さんにあやまって。ひかりさんが謝ってくれれば円くおさまるから・・・」

って言われた。

義母は昔かたぎのひと。

嫁が親に逆らうなんてとんでもない!と、思ってる人。

だから、とにかく私さえ義父に謝れば、とりあえずは義父の気がすんで

おさまるから  って・・・。


そんなぁ・・・ わたしだけが謝るの?じゃあお義父さんは?私に謝ってくれるわけ???


いろいろ葛藤したすえ、心を決めた。   


謝ろう・・・・



義父の部屋に行った。


「お義父さん・・・・」


仏頂面の義父が「なんだ!?」と、無愛想にいってきた。


むか!!!! こっちが下でにでてるのに・・・でも、心をぐっとこらえ・・・


「こないだはすみませんでした。ごめんなさい」

そう謝りましたよ。


「はいねー」 それだけだった。

上手なお世辞も何もいえない父。


それだけだったが、それからはなんとか二人の仲も修復できたようだった。



でも、私はやっぱり義父が嫌いだった。それだけはどうしてもしょうがなかった・・・。


そして、かわいい愛の入園式がせまっていた。


私は、破裂寸前くらいふくらんだおなかで、入園式にいどんだのでした。


親と対立

同居している、義父とはあまり口を聞くことはなかったなぁ。

やっぱ、何はなしていいのか、むこうもわからないみたいで

声かけてこないし、あまりわたしのこと好きではなかったみたいだし・・・


たぶん私も歩み寄ろうとしないから、かわいげのない嫁だと思ってたと思うんだ。

まず、原因は、やっぱり同居がわずらわしいこと

そのせいで私はいつもイライラしていた・・・。

パパともけんかばっかり・・・

そりゃあどんな親もこんなけんかばっかりの口の悪い、いつもいらいらした嫁なんて

かわいげないよねぇ・・・・


あの頃はほんとに思いやりのない、人間だったかなぁと

今になって反省してます・・・。



で、そんな頃のある夜、愛がお婆ちゃんたちの居間で

ふすまの持ち手のところを汚そうに持ったらしいのです。

で、お婆ちゃんがなんでそんな持ち方するの?って愛に聞いたら

愛は、「だってママもこうやってもつよー 汚いからってー」

って、言ったのです。


私は、実はかなりの潔癖症で人のさわったものは、とても苦手な人間で

ぴたーっと触れない人でした。

だからドアノブも苦手、もちろんふすまの丸いもち手も

あまり触らないように、変なところをもって開けていたのです。


それを見て愛はマネていたんでしょうね・・・

お婆ちゃんたちの居間のふすまでやってしまったのです・・・


それを見たおじいちゃんがすごい血相で私たちの居間に来ました

(同居といえども、居間は別にあったのでした)

で、私にむかって

「おい!ひかり!(呼び捨て) おまえは愛にこんなこと教えてるのか!!!」

って、いきなりどなりに来たのです。

私は、いつもいつものストレスと、妊娠のストレスとが爆発して 思わず・・・



「お義父さんは、わたしのやることはなんでもかんでも、気に入らないんだね!!!」

「すきで同居なんかしてるんじゃない!!」


言っちゃいました・・・。逆らっちゃいました。

しかも泣きながら。。。


義父は、

「おまえらとは、一緒には住めん!!!」と言い放って その場を去ろうとしました。

私はもう一度、追い討ちをかけるように


「わたしだって同居なんてしたくないよ!!!!」

でっかい声で叫んでました。。。


びっくりして止めにきた義母・・・。


あぜんとしてるパパ・・・

(パパは「なんだー?」と一回言っただけで びっくりしてみていましたw)



それから、しばらく確執が始まってしまったのでした・・・・・


娘、愛。

2人目の妊娠中、娘の愛の入園準備をしなくてはならなかった。


早生まれなため、3歳になってすぐの入園になる。(年少からの入園)

女の子だし、おませで人見知りをしない、愛のこと・・・そんなに心配ではなかったけど

まったく不安ってわけじゃなかった。


おむつは2歳ちょっとでとれていた。ひらがなやカタカナは全部読める。

書くことはきっちりできなくても、お話はほんとにたっしゃで明るい子だった。


あかちゃんが生まれることがとても楽しみで、私の大きなおなかに向かって


「赤ちゃん、はやくうまれてきて あいちゃんと遊ぼうねー」とか

おなかにチュウしたりとかして楽しみにしてたなぁ。


時には、わたしとお風呂はいってじーーっとおなか見ては、

「ママ、赤ちゃん食べちゃったの?」

なーんてかわいいことも^^


娘のかわいさにはほんとに気がまぎれるというか、大変な妊婦生活も

娘とともに楽しみにすぎていきました。


このあと、ちょっとした事件が起きるのですがね・・・。



その頃の家庭生活

ちょっと家庭生活を つけくわえとこうかな。


主人は長男でね、新婚時代2年ほどアパートで暮らしたんですが

(その時代に娘は生まれました)


新築を機に主人の両親と同居していました。

わたしの本音はもちろん、同居なんて全然うれしくない・・・

せまくてもいいからアパートで好きなように暮らしたかった・・・


でも結婚前からの約束でね・・・ 主人、一人っ子だししょうがありませんでした。


新築した家もバブルの頃たてた家なので、はっきりいってでかいです!

平屋建て90坪はある家です。自営で、割りに儲かっていたので豪華な家を建てたようです。

(1円も払わないで同居しましたw)


娘の愛は広くなった家と大好きなお婆ちゃんたちに囲まれて、楽しそう。。。


わたしは・・・・

お掃除は今までの倍以上

食事も一緒なので 料理が増え、

気も使う・・・

あんまりいいことなかった。


とりわけ、母がいるのをいいことに

パパは家事を全然手伝わなくなった・・・

アパートの頃は食事作ってくれたり、片付けしてくれたり

子供みててくれたり 

協力的だったのに・・・


同居はだんなをダメにしますね。。。


わたしも毎日 いらいらしてたし・・・

あたまの中はいつも献立のことでいっぱいだった・・・

めんどうだった・・・

いやだった・・・


同居なんか大嫌い!

アパートに戻りたい!!


そんなことばっかり考えてた。


少しでもメリットはあるの!?

だんなに問い詰めてみた

すると


「子供みててもらって二人で夜、でかけられるじゃん」 だった。

わたしはパパと二人で夜の街へ遊びに行きたくて仕方なかった。

まだ若かったしね。

でも、そうそうでかけることもできず、2人目を妊娠したのでした。



とにかく、同居のストレスいっぱいの中、妊娠は発覚したのでした。


(お婆ちゃん、お爺ちゃんは喜んでくれたけどね もちろん)



妊娠中

妊婦生活も 何ヶ月かすぎて だいぶおなかが大きくなってきた冬、

なんとなく、おなかの右上が痛くなってきたの。


で、検診の時に先生に(女医さんでした)聞いたところ

「そんなところがあんまり痛いようじゃ、気持ち悪いわね・・・」


そういって、わたしのおなかとおなかの中の赤ちゃんを詳しく調べてくれた。

毎日のように、右上のとこがきりきり痛んでいたの。

だからいつもさすってた。


検査の結果、別に異常ないって・・・。

赤ちゃんの心臓も元気に打ってます って。



わたしも心の中で、たぶんたいしたことないだろう って思ってたんですけどね。


わりにすぐ大きくなるおなかで復位は娘の愛のときも 100近くいってたから

たぶん張ってるんだろうな・・・

そんなぐらいの考えでした。

先生の一言で余計安心して、検診を終え帰っていきました。



まずは、2人目妊娠!

わたし、27歳。主人28歳、愛(娘)2歳の時 おなかに2人目がやってきました。

わたしだけがわかっているのですが、この子ができたのはまちがいなく8月15日です。

(わはは、つまりこしらえたのがその日ということですねww)


でも判明したのは9月の半ば。 生理が完全に遅れてるし 敏感なのかな、乳首も痛かったり

おなかがしくしく痛かったりで、病院に行く前から 妊娠しているであろうことは母の直感でわかっていました。


パパの誕生日が9月ということもあり、パパの誕生日にプレゼントを贈りながら

2人目妊娠の報告もしました。パパはダブルの喜びで にっこにこだったな。

まさか、この子が心臓病で生まれてくるなんてこれっぽっちも思わないもの。


娘の愛は超健康に生まれてきて、家族が増えていっきに楽しくなり

わが子のかわいさをとことんわかってたしね。2人目もそれはそれは喜んでくれました。


わたしは隠しカメラを設置して、誕生日プレゼントをもらっているときのパパ、

2人目妊娠の報告を聞いて喜ぶパパを 撮影してました。あははw


後で見て二人で笑ってたっけ・・・ 若かったな・・・二人とも。


そしてわたしの2人目妊娠生活が始まったのでした。