前記事でちらっと掲げましたが
先週11日土曜日
おばあちゃんの四十九日法要と納骨をしました
ちょうど東日本大震災から6年目の日
たくさんの命が亡くなり
そして
その日に生まれてきた赤ちゃんもいた日
命についてとても考えさせられる日でもあるかもしれないね
先週テレビで6年前のその日に生まれた子のお母さんが
「お誕生日に『おめでとう』」って言えたことがないって言ってました
複雑なんだろうな… って
私も涙が出ました
けど
どうしてこんな日に…なんて思わず
おめでとうって堂々とその子に言ってもらいたい
って私は思いました
生を受けた日
それがたまたま大震災に重なっただけ
誰も悪くない
その子が大きくなった時
みんなに祝福されて生まれてきて
自分は生まれてきてよかったんだ
って思えるように
自分の誕生日を堂々とお友達など人に言えるように
お誕生日
毎年祝ってあげてほしいな
そして
「当たり前」のこの日常
普通にご飯食べて お風呂入って 温かいお布団で安心して眠れることに
改めて感謝です
亡くなられた方には
心よりご冥福をお祈りします
おばあちゃんの四十九日法要はお寺で挙げました
読経の後のお寺様の言葉で
人は皆得手不得手があるものだったり
大して頑張らなくてもどんどん上に上がれる人もいれば
ものすごく頑張ってもなかなかうまくいかない人もいれば
物事の動作が早い人もいれば ゆっくりな人もいれば
長く生きる人もいれば 短い生である人もいれば
みんな人それぞれ違う
だから
みんな違ってみんないい
しかし
人間ってものはいつも何かと誰かと比較してしまう
そうではなくて
自分は自分でいいんだと
自分の生を大事にして自分らしく生きればいい
「自分」というこの世にただ一つの命
その生を他人と比較することなく
生きていってほしい
オンリーワン
であることをおっしゃっていました
これはきっとお葬式の日におっしゃていた
「人はどれだけ生きたかではなく どう生きたか」
につながるんだろうなって思いました
簡単なようでとても難しいことだけど
そうなんだよね
私は私
…
自分らしいって何なんだろうなぁ…
う~ん…
ガンかもしれない…
と命と真剣に向き合っていたこの1か月だったので
とても考えさせられます
この言葉は忘れずに心に留め置きです
おばあちゃんの納骨も無事終わり
ひと段落つきましたが
私は検査結果が出た後ではあっても
なんだかやっぱり自分の身体がとても不安で
心もまだ不安定で
これから先どんなに病気が増えてもあと15年は必ず生きるぞ!って思ってるけど次は私なのかなぁ…
なんてまたローに入り
その日は私たちは日帰りだったので帰りの車で子供達が寝静まった後
パパにその不安をぶつけてしまいました
最近静かに聞いてくれるようになったパパ
最後に
「生きろ」
と言われました
不安との葛藤から抜け出して
生きるための自分らしさを探したい
生きたくても生きられなかった人々の分まで授けられた命を日々を大切に生きなくてはいけないね
そんな「生」についてとても考えさせられた1日でした
まずは
また1日1回ガハハ笑い
再開です!
先週11日土曜日
おばあちゃんの四十九日法要と納骨をしました
ちょうど東日本大震災から6年目の日
たくさんの命が亡くなり
そして
その日に生まれてきた赤ちゃんもいた日
命についてとても考えさせられる日でもあるかもしれないね
先週テレビで6年前のその日に生まれた子のお母さんが
「お誕生日に『おめでとう』」って言えたことがないって言ってました
複雑なんだろうな… って
私も涙が出ました
けど
どうしてこんな日に…なんて思わず
おめでとうって堂々とその子に言ってもらいたい
って私は思いました
生を受けた日
それがたまたま大震災に重なっただけ
誰も悪くない
その子が大きくなった時
みんなに祝福されて生まれてきて
自分は生まれてきてよかったんだ
って思えるように
自分の誕生日を堂々とお友達など人に言えるように
お誕生日
毎年祝ってあげてほしいな
そして
「当たり前」のこの日常
普通にご飯食べて お風呂入って 温かいお布団で安心して眠れることに
改めて感謝です
亡くなられた方には
心よりご冥福をお祈りします
おばあちゃんの四十九日法要はお寺で挙げました
読経の後のお寺様の言葉で
人は皆得手不得手があるものだったり
大して頑張らなくてもどんどん上に上がれる人もいれば
ものすごく頑張ってもなかなかうまくいかない人もいれば
物事の動作が早い人もいれば ゆっくりな人もいれば
長く生きる人もいれば 短い生である人もいれば
みんな人それぞれ違う
だから
みんな違ってみんないい
しかし
人間ってものはいつも何かと誰かと比較してしまう
そうではなくて
自分は自分でいいんだと
自分の生を大事にして自分らしく生きればいい
「自分」というこの世にただ一つの命
その生を他人と比較することなく
生きていってほしい
オンリーワン
であることをおっしゃっていました
これはきっとお葬式の日におっしゃていた
「人はどれだけ生きたかではなく どう生きたか」
につながるんだろうなって思いました
簡単なようでとても難しいことだけど
そうなんだよね
私は私
…
自分らしいって何なんだろうなぁ…
う~ん…
ガンかもしれない…
と命と真剣に向き合っていたこの1か月だったので
とても考えさせられます
この言葉は忘れずに心に留め置きです
おばあちゃんの納骨も無事終わり
ひと段落つきましたが
私は検査結果が出た後ではあっても
なんだかやっぱり自分の身体がとても不安で
心もまだ不安定で
これから先どんなに病気が増えてもあと15年は必ず生きるぞ!って思ってるけど次は私なのかなぁ…
なんてまたローに入り
その日は私たちは日帰りだったので帰りの車で子供達が寝静まった後
パパにその不安をぶつけてしまいました
最近静かに聞いてくれるようになったパパ
最後に
「生きろ」
と言われました
不安との葛藤から抜け出して
生きるための自分らしさを探したい
生きたくても生きられなかった人々の分まで授けられた命を日々を大切に生きなくてはいけないね
そんな「生」についてとても考えさせられた1日でした
まずは
また1日1回ガハハ笑い
再開です!