第5章 誘拐(ゆうかい)


 

「さあ家についた。きみはもうねるかい?」

「うん。もう、ほんとうにつかれ()てた。これ以上、ムリだよ。アミはどうする?」

円盤(えんばん)にもどって(べつ)の星でもひとめぐりしてこようと思う。きみを招待(しょうたい)したかったんだけどね………そんなにつかれているんじゃしかたがない……」

 空とぶ円盤に()れる! こんなチャンス一生(いっしょう)に、二度とあるかどうかわからない。つかれなんかどこかにふっとんで、全身(ぜんしん)好奇心(こうきしん)とエネルギーでいっぱいになった。

「ぼく、もうねむくなんかないよ!……」

「ほんとう?」

「うん。でもほんとうに円盤に乗せてくれるんだね?」

「もちろんだとも。でもきみのおばあちゃんはどうするの?………」

 すぐにおばあちゃんに気づかれないようにして外出(がいしゅつ)するアイデアが()かんだ。

夕食(ゆうしょく)をすませて(から)になった(さら)をテーブルの上に出しっぱなしにしておく。そのあとで、まくらを毛布(もうふ)の下に入れて、ぼくがねむっているように見せかけておくんだ。そうすればもしおばあちゃんが起きてもだいじょうぶさ。いま()ている(ふく)はそのへんに()()てて(べつ)のを着る。音をたてないで注意深くやるよ」

「かんぺきだ! これできみのおばあちゃんが朝起きる前にもどってこられる。なにも心配はいらない」

 

 すべて計画(けいかく)どおりにやった。でも(にく)()べようとしたときはなんだか(むね)がむかついてきて、どうしても食べられなかった。数分後(すうふんご)にはぼくたちは海岸(かいがん)のほうにむかって歩いていた。

「どうやって、きみの円盤に乗ったらいいの?」

「ぼくが、(およ)いでいって円盤を取ってくるよ」

「海の中に入ってもさむくないの?」

「うん。この服はきみが想像(そうぞう)する以上にあつさや、さむさにたえられるようにできているんだ。じゃ、ぼくは円盤を取りに行ってくる。きみはここで待っていてね。でも円盤があらわれたとき、けっしておどろいたりしちゃいけないよ」

「うん。ぼく、もう宇宙人(うちゅうじん)は少しもこわくないからだいじょうぶだよ」

 アミのちょっとおせっかいで不必要(ふひつよう)忠告(ちゅうこく)がおかしかった。

 

 アミは(なみ)しずかな海のほうへむかい、()(しず)めて泳ぎはじめた。ちょうど月は暗いくものかげに(かく)れはじめていたので、しばらくして彼のすがたは(やみ)にまぎれ、すぐにぼくの視界(しかい)からに消えた……。

 

 アミと遭遇(そうぐう)してから、いまはじめてひとりきりになって考える時間をもった。アミ?……宇宙人!……ほんとうだろうか、それとも(ゆめ)でも見ていたのだろうか?

 ずいぶん長いあいだ待った。不安(ふあん)になりはじめた。だんだんこわくなってきた。まっ暗な、おそろしいほどさびしい海岸に、たったひとりきり……そして、これから、宇宙人の円盤と直面(ちょくめん)する……。

 想像が生み出した(あや)しく動くかげが、ちらちらと岩のあいだや砂浜や水の中から見えてきた。

 もしアミが子どもに(ふん)した邪悪(じゃあく)な宇宙人で、善良(ぜんりょう)にふるまってぼくの信頼(しんらい)を勝ちとろうとしているのだとしたら?……………。いやいや、そんなことはない……でも、ひょっとして宇宙人に誘拐(ゆうかい)されるのでは?……。

 

 そのとき、ぼくの目の前におどろくべき光景(こうけい)があらわれはじめた。

 水中から、みどりがかった黄色(きいろ)い光がゆっくりと、浮上(ふじょう)してきた。たくさんの光をはなって回転(かいてん)するドーム状のものが、海面から顔を出しはじめた……ほんとうだったんだ!

 ぼくはぼうぜんとして別世界からきた円盤に見入(みい)っていた!

 いくつもの光った小まどのある、楕円形(だえんけい)をした空とぶ円盤の本体(ほんたい)がついにあらわれた。その小まどは、(ぎん)とみどり色の中間(ちゅうかん)のような光をはなっていた。想像を超えた光景だった。ぼくは全身(ぜんしん)、はげしい恐怖(きょうふ)におそわれた。いままで起こったことと言ったら、ただ宇宙からきた子どもと話すことぐらいだった……子ども? でもアミはほんとうに子どもなの? 善良な顔の……もしかしたら仮面(かめん)だったかも……。

 真夜中(まよなか)の海岸にひとりきりで、別の世界からきた円盤をまのあたりにしている……それはぼくを遠くの世界につれ去ろうとしている”UFO”かもしれない。そう考えた瞬間(しゅんかん)、ぼくはアミのことも、彼の言ったこともすべて忘れた。ぼくにとって、あのとき、円盤はまさに地獄(じごく)機械(機械)と化していた。たくさんのざんこくな怪物(かいぶつ)が、どこか宇宙のうすぐらい世界からぼくを誘拐しにきたように感じたんだ。しかも、円盤は落下(らっか)したとき見たよりも、ずっと大きく感じられた。

 

 円盤は水面三メートルほどの高さに浮いたまま、ぼくのほうにだんだんせまってきた。まったく音をたてず、いやおうなく近づいてくるその静けさと言ったら気が遠くなるくらいだった。

 にげ出したくなった。宇宙人なんかと知り合いになるんじゃなかったと後悔(こうかい)した。時間が(ぎゃく)もどりしてくれたらと願った。おばあちゃんのそばで安全(あんぜん)に静かに自分のベッドでねむっていたかった。ふつうの子どもでいてふつうに生活して、こんなこととはかかわりたくなかった。

 走り出すこともできない。ぼくを知らないところへ、ひょっとしたら宇宙動物園(うちゅうどうぶつえん)かどこかにつれ去ろうとしているのかもしれない……あの光るばけ物から目をそらすこともできない。あれはまったくの悪夢(あくむ)

 円盤がぼくの頭の上にきたときは、もうこれでさいごだと思った。円盤は腹部(ふくぶ)から黄色い光を発していた。その黄色いスポットライトを()びたときはもうぜったい死ぬと思った。まな板の上のコイどうぜんだった。神にみたまをあずけ、神のおぼしめしにしたがおうと思った……。

 エレベーターのようなものに乗って自分のからだが上昇していくのを感じた。しかし、足は宙に浮いたままだった。ただもうあのタコの頭をした残忍(ざんにん)血走(ちばし)った目玉の怪物があらわれるのを待つだけだった……。

 

 とつぜん、足がふわっとした(ゆか)の上におり立った。足元にはじゅうたんがしかれ、かべ(ぬの)()られた明るく快適(かいてき)な空間にいる自分に気づいた。善良な子どもの大きな目をしたアミが目の前に立っていた。

 彼のやさしいまなざしがぼくを落ちつかせ、彼が教えてくれたあの美しい現実(げんじつ)に少しずつもどらせてくれた。

 アミはぼくのかたに手をおいて、「落ちついて、だいじょうぶだ。なにもこわいことなんかないよ」とやさしく言った。

 

 やっと気持ちが静まり、話せる状態(じょうたい)になったとき、少しほほえんで彼に言った。

「とってもこわかったよ……」

「それはきみの()ばなしになった想像力(そうぞうりょく)のせいだよ。コントロールのできない想像力は、それが生み出した恐怖でひとを殺すこともできるし、善良な友だちばかりの中でもばけ物を生み出すこともできるんだ。われわれの内部(ないぶ)の生み出した想像のばけ物をね。でも現実はもっと単純(たんじゅん)で美しいものなんだよ………」

「じゃぼくはいま”UFO”の中にいるの?」

「”UFO”は未確認飛行物体(みかくにんひこうぶったい)のことだけど、これははっきりと確認(かくにん)されている。これは空とぶ円盤だ。でも”UFO”と呼びたけりゃそう呼んでもいいし、ぼくのことを火星人と呼びたけりゃそう呼んでもいいよ。ハッハッハッ」

 ふたりで笑ったときには、それまでの緊張(きんちょう)もこわさもすっかり吹きとんでしまっていた。

「そうじゅう(しつ)へおいで」

 彼はぼくを誘った。

 とても小さいアーチ型の戸を通り、別のへやへ行った。前のへやとおなじく天井(てんじょう)がとても低かった。目の前に楕円形(だえんけい)のまどに取りかこまれた、半円形のへやがあらわれた。まん中に三つのひじ掛《か》けのついたリクライニングチェアがあり、その前に計器盤(けいきばん)があり、そのむこうに、いくつものスクリーンがあった。イスの大きさにしても、天井の高さにしても、子ども用につくられている。あそこには、どんなおとなも入ることができない。手をあげればぼくでも天井に手が届いてしまう。

「すごいなあ!………」

 と感動してさけんだ。

 アミは中央のイスにすわり、ぼくは外を見ようとまどに顔を近づけた。まどガラスを通して遠くの温泉場(おんせんば)の光のかがやきが見えた。

 わずかな振動(しんどう)を床に感じた。村はみるみるうちに小さく見えなくなり、星ばかりが目に入った………。

 

「ねえ、温泉場はどうしたの⁉」

「下を見てごらん」

 とアミが言った。

 入江(いりえ)の数千メートル上空にいる。めまいを感じるくらいだ。

 海岸ぞいの村々がみな目に入った。ぼくの村はずっとずっと下のほうにある。いっしゅんのうちになにも感じないまま数千メートルも上昇(じょうしょう)してしまった。

「ヤッホー! 最高だ」

 ぼくは感動でうちふるえんばかりだった。しかしとつぜんその高さにめまいを感じた。

「アミ……………」

「なに?」

「これぜったい、墜落(ついらく)しないの?………………」

「もし、飛行中(ひこうちゅう)にだれかがうそをついたとすると、装置(そうち)停止(ていし)してしまうばあいがあって………」

「じゃおろして! おろしてよ! お願いだから」

 彼の高笑いで、それがじょうだんだということがすぐわかった。

 

「下からこの円盤は見えないの?」

 アミは計器盤の楕円形のランプをさしながら、

「ここのランプに光がつくとわれわれの円盤は視覚可能(しかくかのう)な状態になる。いまのように消えているときはだれにも見えない」

「見えないだって?」

「うん、ちょうどぼくのとなりにすわっているこのひととおなじようにね」

 と言ってよこの空席(くうせき)(ゆび)さした。.

 いっしゅん、びっくりしたけど、彼の笑いからこれも別のじょうだんだとわかった。

「でも、どうやったら見えなくできるの?」

「自転車の車輪(しゃりん)がはやく回転しているとき、スポークは見えないだろう。あれとおなじように、われわれはこの円盤の分子(ぶんし)がはやく動くようにするんだ」

「ヘーェ、うまくできているんだな。でも下から円盤が見えたらいいのになあ………」

「かってにそうするわけにはいかないんだ。この円盤が未開文明(みかいぶんめい)の世界にいるときは、視覚可能か不可能かの決定は、”救済計画(きゅうさいけいかく)”の方針(ほうしん)にしたがって決定されるんだ。それはこの銀河系の中心にある”スーパーコンピューター”が決めることなんだよ………」

 

「よくわからないな。それどういうこと?」

「この円盤は、視覚可能か不可能かを決める指令(しれい)を出す”スーパーコンピューター”と直結(ちょっけつ)してるんだよ」

「でも、その”コンピューター”は、どうしてそんなことまでわかるの?」

「”スーパーコンピューター”はなんでも知っているんだよ。ところで、どこか行きたいところはない?」

「じゃ、首都(しゅと)がいい! ぼくの家を空からながめてみたいから………」

「わかった。じゃ、行こう!」

 アミはいくつかのコントロール装置を動かし「はい!」と言った。

 まどからとちゅうの光景を楽しみたいと思っていたら、あっという間についてしまった。百キロメートルを移動(いどう)するのに一秒すらかからなかった! とてもびっくりして感動してしまった。でもこれでは旅行(りょこう)するにはあまりにもあっけなさすぎる。

「前にも言ったようにわれわれはふつう”飛行(ひこう)”ということはしないで”位置(いち)する”..... これは座標(ざひょう)のことなんだけど”飛行”することもできないわけではない」

 ネオンにかざられた大通りを見おろした。空からの夜の都会(とかい)は信じられないくらい美しく見えた。

 ぼくの住んでいる地区(ちく)をつきとめたので、アミにそっちに行くようにたのんだ。

「ゆっくりした”飛行”でね。空の散歩(さんぽ)を楽しみたいから」

 計器盤のランプは消えている。だれもぼくたちを見ることができないはずだ。

 

 円盤は夜空の星と町の(あか)りのあいだを、ゆっくりと音をたてずに進んだ。

 ぼくの家が見えてきた。空から見るのはまた格別(かくべつ)なことだった。

「家の中が無事(ぶじ)かどうかたしかめてみるかい?」

 とアミが聞いてきた。

「うん。でもどうやって?」

「この画面を通してさ」

 アミの前に大きなテレビのようなものがあった。空からうつした通りがあらわれた。それはねむっているおばあちゃんを見たときとおなじシステムだったけど、大きなちがいといったら映像(えいぞう)奥行(おくゆ)きをともなって立体的(りったいてき)に見えることだった。画面(がめん)の中のものが手に取れるようだったので、じっさいに手を入れようとしたら、表面のガラスに手がぶつかってしまった。

 これを見ていたアミはとてもおもしろがった。

「みんな、おなじことをやる………」

「みんな? みんなっていったいだれのこと?」

「きみはひょっとしたらこの円盤に乗った、ゆいいつの未開人(みかいじん)だとでも思っていたのかい?」

「うん、そうだと思っていた」

 といくらかがっかりして言った。

「そうじゃないさ」

 とアミが答えた。

 カメラの焦点(しょうてん)のようなものが家の天井を通過するように感じた。するとぼくの家の隅々(すみずみ)がうつし出された。みなきちんと(ととの)っていた。

「どうしてきみの小型(こがた)テレビは、この大画面のように立体的には見えないの?」

「前に言ったように、あれは古いシステムなんだよ……」

 

 町をひとまわりするように彼にたのんだ。

 まず、ぼくの学校の上を通った。校庭(こうてい)やサッカー場や、教室(きょうしつ)が見えてきた。あとで「”空とぶ円盤”に乗って上から学校を見た」と同級生(どうきゅうせい)たちに話したら、とてもうらやましがられるだろうと想像した。

 町の上空をくまなく散歩した。

「昼でないのがざんねんだなあ」

「どうして?」

「きみの円盤から昼間(ひるま)の町や風景(ふうけい)が見られたらいいなと思ってね…………」

 いつものようにアミは、ぼくが言うことを聞いて笑った。

「じゃ昼間にしようか?」

 とアミが言った。

「でも、いくらきみの力でも、太陽(たいよう)を動かすのはちょっとムリだと思うけどね。それとも、そんなことまでできるの?」

「もちろん太陽を動かすのはムリだけど、ぼくたちが動けばいい……」

 そう言ってアミはそうじゅう(かん)を動かした。円盤はすさまじいはやさで動きはじめた。

 

 アンデス山脈の上をほんの三秒ほどでとび越した。

 超高度(ちょうこうど)到達(とうたつ)してしまったために、いくつかの都市が光のしみ(・・)のように見えた。

 そして、あっという間に月の光を浴びた巨大な大西洋(たいせいよう)が目の前にひろがった。いくつもの大きなくものかたまりが視野(しや)をさえぎった。

 水平線(すいへいせん)にむかうにつれて視界(しかい)が晴れてきた。ぼくたちは東のほうへ進んでいる。

 陸地(りくち)が見えてきた。太陽はかなりのはやさでのぼりはじめた。それはほんとうに想像を(ぜっ)する光景だった。

 アミが太陽を動かした! ほんのわずかのあいだに昼間にしてしまった。

「どうして太陽は動かせないって言ったの?」

 アミはぼくの無知(むち)を楽しんでいた。

「太陽は動かない。ぼくたちがすばやく動いただけだよ」

 すぐに自分のまちがいに気づいたけど、それほど致命的(ちめいてき)なまちがいではないと思った。

 地平線(ちへいせん)から信じられないスピードで太陽がのぼるのを見るのはほんとうにすばらしかった。

「いま、どのあたりにいるの?」

「アフリカだよ」

「アフリカ⁉ でもほんの一分くらい前には南アメリカにいたじゃない!」

「きみが昼間にこの円盤で飛行したいって言うから、昼間になっているところにきたまでの話だよ。むこうからこないなら、こっちから行ってやる。それだけのことさ…………。アフリカのどの国へ行ってみたい?」

「え―と……インド!」

 彼の笑いはぼくの地理(ちり)知識(ちしき)がどれほどお粗末(そまつ)であるかを示していた……。

「じゃ、アジアへ行こう。インドへ。インドのどの都市がいい?」

「どこでもいい。きみの好きなところで……」

「ボンベイはどうだい?」

「うん、最高だね。アミ」

 アフリカ大陸(たいりく)の上空をすごい速度と高度で通過(つうか)した。

 あとになって、ぼくは家で世界地図(ちず)を見ながら、この旅行を正確に再現(さいげん)することができた。

 インド洋につき、そこをよこ切っているあいだ、太陽はめまいがするようなはやさで上昇(じょうしょう)していった。

 とつぜんインドの上空についた。きゅうブレーキをかけ、円盤はぴたりと静止(せいし)した…………。

 ぼくはおどろいて、

「どうして、こんなきゅうブレーキをかけたのに、ぼくたちはまどにぶつからないの?」

「なーに、慣性(かんせい)をうち消してしまうだけのことだよ……….」

「あーあ……なんてかんたんなんだろう……」

 

 

第6章へ続く