第3章 アミと名づけられた宇宙人との会話
「その胸につけているマークはなんなの?」
「ああ、これはぼくの仕事の記章だよ」
とアミは答えながら、空の一角を指さして、
「シリオという星がこの近くにあるの知っている? そこにはむらさき色をした海岸があって、日が沈《しず》むときには、ふたつの大きな太陽が見えて、とてもきれいなんだ……」
「きみの円盤は光のはやさでとぶの?」
ぼくの質問がおかしかったらしい。
「”そんなにおそく”とんだとしたら、ここにつく前に年をとっちゃうよ」
「じゃ何キロでとぶの?」
「われわれは、ふつう”飛行”ということはしない。より適切には、”位置する”と言ったほうがいい。たとえば銀河系をよこ切るのに、え~と」
腰につけた計算器を取り出して答えを出し、
「きみたちの時間の尺度で言うと、ムー………ン、一時間半かかる。ひとつの銀河系から別の銀河系までは数時間かかる」
「すごい、どうやって計算するの?」
「どうやって、赤んぼうに、2+2が4だってこと、説明できる?」
「うーん、ちょっとできないね」
「ぼくだって時間空間の収縮やゆがみにかんすることは、よく説明できないよ。また、その必要もないしね……。ところでちょっと見てごらん。小鳥たちが砂浜を滑空しているようすを。まるで氷の上をすべっているようだ。なんて、きれいなんだ!」
アミは、波が砂浜に打ちあげたエサを、群をなしてついばんでいる小鳥たちに見とれている。
もう、ずいぶんおそくなってしまったことに気がついた。
「ぼく、もう帰らなくっちゃ……おばあちゃんが心配するから」
「だいじょうぶだよ。まだねているから」
「でも心配だ」
「心配だって? なんてバカなこと言うんだい」
とアミが言った。
「どうしてバカなことなの?」
「まだ現実に起きていない先のことをあれこれ気に病むのでなく、いま起きていることにあたることのほうが賢明なことだよ」
「よくわからない」
「起こらなかった問題やこれからもけっして起こりもしない問題を心配して、頭をなやませて生きていくのをやめて、もっと”いま”というときを楽しむようにしなくちゃ、と言っているんだよ。人生は短いんだ。もし現実に、なにかの問題に直面したときはそれに全力であたって解決すればいいんだ。起きもしない巨大な津波がいつか押し寄せてきて、われわれを全滅させるだろう、というようなことを空想して心配しながら生きていくのが、賢明なことだと思うのかい。この”いま”という瞬間を、こんな美しい夜をじゅうぶん満喫しなかったら、それこそなんとおろかなことだろう……。よく見てごらん! 小鳥たちがなんの心配もせずにとびまわっているのを。どうして、じっさい起こりもしないことに頭をなやませて、現実を犠牲にしなくてはならないんだい?」
「でも、ぼくのおばあちゃんは現実にいるんだから……」
「そう。でもいまはなんの問題もないんだよ。それともこの美しい、”いま”という瞬間は存在していないとでも言うの?」
「でもとても心配だ……」
「あ~あ、まったく……地球人ときたら。わかった、わかったよ。じゃ、これからきみのおばあちゃんを見てみよう」
アミは小型のテレビを取り出して、スイッチを入れた。
画面に、家のほうへつづく小道があらわれた。”カメラ”は小道の木々や岩をうつしながら、どんどん進んでいった。すべてカラーで、夜だというのに日中の光のように明るく見えた。
家のまどから入りこむと、ベッドでよくねむりこんでいるおばあちゃんがうつった。ね息まで聞こえてくる。あの器械には、ほんとうにおどろいた。
「まるで天使のようにねているよ」
アミが笑いながら言った。
「これ映画じゃないの?」
「いや、これは”生放送”だよ……ダイニングルームに行ってみよう」
”カメラ”は寝室のかべを突きぬけてダイニングルームに出た。大きなピンクの市松模様のクロスがかかったテーブルがあり、ぼくがいつもすわるところにお皿がおいてあり、その上にもう一枚お皿でふたがしてあった。
アミはそれを見て、
「これはぼくの”UFO”そっくりだ!」
とじょうだんを言って笑った。
「ちょっと、きみの夕食はなにか見てみよう」
ちゃめっけたっぷりに言って装置をいじると、上にかぶさっているお皿がガラスのよう
に透明になった。ビーフステーキとポテトフライとトマトサラダが見えてきた。
とつぜん「ゲェ――ッ!」とはき気をもよおしたような声でアミがさけんだ。
「よく死骸が食べられるもんだ!」
「死骸だって?」
「ウシの死骸さ。ひと切れの死んだウシの肉。殺されたウシの肉だ」
こんなふうに表現をされるとぼくもなんだか気持ちが悪くなって、はき気をもよおしてきた。
「どうやってそうさするの? その器械……カメラはどこ?……」
好奇心にかられて聞いてみた。
「カメラは必要ない。この器械は対象をとらえてピントを合わせ、濾過して、選択、増幅して投影するんだ。すごく単純なものだよ。そう思わない?」
いっけん、ぼくをからかっているようでもあった。
「でも夜なのに、どうして昼間のように見えるの?」
「きみの目には見えない”光”をこの器械はとらえることができるのさ」
「ずいぶんふくざつなんだなあ」
「そんなことはないよ。このおもちゃはぼくが自分でつくったんだよ……」
「えー! きみがつくったって!」
「とても旧式なつくりなんだけど、なぜか愛着があってね。小学生のときにつくった思い出のものなんだよ……」
「へー。きみたちはまったく天才なんだね!」
「そんなことはないよ。たとえばきみ、かけ算できる?」
「もちろん、できるよ」
「それじゃ、きみだって天才だよ……かけ算を知らないひとから見ればね。すべて相対的な問題だよ。ずっとジャングルに住んでいるひとたちにとっては、トランジスターラジオはまったく奇跡にひとしいからね」
「ほんとうにそのとおりだね。でもいつか地球でも、きみがつくったようなものが発明される日がくるだろうか?」
とアミに聞いてみた。
アミは、はじめてきまじめな顔になり、ちょっと悲しそうな視線をぼくに投げかけて、ポツリと言った。
「わからないね」
「わからないって? きみはなんでもみんな知っているはずだよ!」
「そんなことはないよ、幸いなことに、未来のことはだれにもわからないからね……」
「どうして”幸いなこと”なんて言うの?」
「もし未来が前もってわかってしまったとしたら、もう、人生はほとんどなんの意味もなくなってしまうだろう。想像してごらん。あらかじめ結末のわかっている映画を見るのが、楽しいかい?」
「ううん、そんなのおもしろくないよ」
「じゃ、落ちのわかっている笑い話を聞くのは?」
「そんなのたいくつだよ」
「前もって中身のわかっているたんじょう日のプレゼントをもらうのは?」
「そりゃ、最低だ」
わかりやすい例を出しての彼の説明は、とても明解だった。
「もし未来が前もってわかっていたとしたら、人生はまったく意味をうしなってしまうだろう。ひとはただ可能性を推しはかることしかできない」
「それどういうこと?」
「たとえば、地球が将来すくわれるかどうかの可能性や確率を推測することだよ……」
「すくわれるって? 地球がいったいなにからすくわれるの?」
「なに言ってるの!……地球の汚染や戦争や核爆弾のこと、なにも聞いてないの?」
「ああ~。それなら聞いている。ということは地球も悪漢の世界とおなじく、危機にさらされているということなの?」
「可能性はかなり高いね。科学と愛のバランスが科学のほうに異常にかたむきすぎている。
何百万ものこういった文明が、いままでに自滅してきているんだ。いま、地球は変換点にある。きけんそのものだよ」
いままでいちども、地球の破滅や第三次世界大戦の可能性について、まじめに考えたことがなかったので、とてもおどろいてしまって、しばらくのあいだ、だまって考えこんでしまった。
とつぜんすばらしい考えが浮かんだ。
「そうだ! きみたちがなにかすればいいんだよ」
「なにかって、いったいなにを?」
「わからないけど、たとえば千もの円盤が地球におりて各国の大統領に戦争をやめるように言うとかね」
アミは笑って、
「もし、きみの言ったようにしたら、まず第一に、何千人ものひとが心臓まひを起こすのは目に見えているよ。ちょうど例の侵略者の映画のようにね。われわれはそんなに非人道的ではないから、それはできない。第二に、たとえば武器を労働機械にかえるようにとでも言ったら、まず地球を無防備にさせておいてから、そのあと支配しようとする宇宙人の策略だと考えるだろう。そして第三に、もしわれわれが無害であるということが理解できたとしても、きみたちのどの政府もけっして武器を手ばなしたりはしないだろう」
「どうして?」
「どうしてって、ほかの国に恐怖をいだいているからね。どこの国がまずさいしょに武器を捨てると思う? どの国も捨てやしないだろう」
「でも、もっと信頼感をもたなくちゃいけないと思うけど……」
「子どもたちは信頼感をもてるよ。でもおとなはそういうわけにはいかないんだよ。大統領はなおのことさ。
でも、それももっともなことなんだよ。なかにはできるかぎり世界を支配してやろうと、たくらんでいるのがいるんだから……」
ひどく不安な気持ちになってきた。なんとか戦争や人類の破滅から地球をすくうよい方法はないかと考えはじめた。宇宙人が力ずくで地球の権力をにぎり、地球の爆弾を消滅させ、人類に平和に生きるよう強制するというのはどうだろう。
アミは、しばらく笑ったあとに、
「きみはどうしても地球人の考え方からはなれられないんだな」
と確信に満ちて言った。
「どうして?」
「”力ずく”とか”破壊する”とか”強制する”とかいったことは、みな、地球人や未開人のやることであり、暴力なんだよ。人類の自由とは、われわれにとっても他人にとっても、なにかもっとずっと神聖なものなんだ。一人ひとりにみな価値があり尊ぶべきものなんだよ。そして暴力やむりやり”強制する”といったことは、宇宙の基本法を破ることでもあるんだよ。ぺドゥリート……」
「じゃきみたち宇宙人は戦争はしないの?」
質問をすべて言い終わらないうちに、自分でバカなことを聞いてしまったもんだと思った。
アミはぼくのほうをやさしく見て、手をぼくのかたにおいてこう言った。
「われわれは戦争はしない。なぜなら神を信じているからね」
彼の答えにはとてもおどろいた。
ぼくも神を信じてはいたけど、最近は学校の神父さまとか、あまり教養のないひとだけが信じているものと思っていた。だってぼくのおじさんは大学で核物理学をやってる科学者で、”知性は神を殺した”って、いつも言っていたから。
「きみのおじさんはバカだよ」
アミはぼくの考えていることを読み取った。
「そうは思わないね。だってぼくのおじさんは、国内でも、もっともインテリと言われているひとのひとりに数えられているんだからね」
「いやバカだね。リンゴがリンゴの木を殺せると思うの? 波が海を殺せるとでも思うの?……」
「でも……」
「きみはまちがっているよ。神は存在する」
神のことをちょっと考えてみて、その存在をちょっぴりでもうたがったことを少し反省した。
「そのひげと白衣をとりのぞかなくちゃ!」
アミがぼくの頭の中にある神のイメージを見て笑った。
「じゃ神さまにひげははえていないの? ひげをそったりするの?……」
アミはぼくの当惑をおもしろがって言った。
「それはあまりに地球人的な発想の神だよ」
「どうして?」
「どうしてって、地球人のすがたかたちをしているからね」
「それはどういうこと?……だってきみはほかの宇宙のひとも、きみょうなかたちをしてもいなければ、ばけ物でもないって言ってたし、第一、きみ自身、地球の人間とほとんどおなじじゃない……」
アミは笑って、小枝を手に取って砂の上にひとのかたちを描いて言った。
「人間のかたちは基本的には全宇宙共通だよ。頭、胴体、手足からできていて、でも多少それぞれの世界によって背の高さ、ひふの色、耳のかたちなどにちがいがある。ぼくは地球人と似ているけれど、それはぼくの星のひとは、地球の子どもとおなじかたちをしているからなんだよ。でも神は、人間のかたちなんかしていないんだ……散歩しよう」
ぼくたちは、村にむかう小道を歩きはじめた。彼はぼくのかたに手をかけた。なんだかアミは、
ぼくがもったことのない兄弟のような感じがした。
夜鳥が数羽、遠くのほうをギャーギャーと鳴きながらとんでいった。アミはその鳴き声に、うっとりとしているようだった。
そして、海の夜風を吸いこんでこう言った。
「神は人間のかたちをしていない」
アミの顔は創造主の話をしたためか、闇の中でかがやいて見えた。
「かたちはなく、きみやぼくのような人間ではない。無限の存在であり、純粋な創造のエネルギー、かぎりなく純粋な愛だ……」
「あー」
あまりにも美しく表現したアミの言葉にぼくは感動した。
「だからこそ宇宙は美しく善良で、とてもすばらしいんだ」
アミが前に言った原始世界の人間や地球の悪いひとたちのことを考えた。
「じゃ、悪いひとたちは?」
「彼らはいつかよい人間に到達できるよ……」
「でもさいしょからよい人間に生まれていたなら、この世のどこにも悪は存在しないんだろうけどね」
「でももし悪を知らなかったとしたら、どうして善を知り、善をよろこぶことができる?どうそれを評価できる?」
とアミがぼくに質問した。
「よくわかんない」
「目が見えるということが、すばらしいことだとは思わないかい?」
「いちども考えたことないからわからないけど、たぶんそう思う」
「もし、生まれてからずっと目が見えずにいたひとが、ある日とつぜん見えるようになったとしたら、目が見えることを、どんなにすばらしいと思うか、想像つくだろう?」
「もちろん」
「つらくきびしい人生をたえてきたひとが、より人間的な人生を送れるようになったとしたら、そのひとたちがいちばんそれを評価できるだろう。もし夜がなかったらどうして日の出をよろこぶことができるだろう」
木立ちにかこまれ、月の光に照らされた小道を歩いて家についた。物音をたてぬよう、そっとセーターを取りに行き、また、すぐ、アミのところにもどった。
そして、前のように歩きながら話をつづけた。アミは話しながら、すべてを注意深くながめていた。まだ村のさいしょの通りや街灯までは距離があった。
アミがとつぜんぼくにこう言った。
「いま、なにをしているか気がついている?」
「なにって……?」
「ぼくたちは歩いている。きみは歩くことができるんだ」
「ああ。でもあたりまえのことだよ。それがどうかしたの?」
「からだが不自由になったひとが数カ月、数年のリハビリのおかげで、またもとのように歩けるようになったとしたら、彼らにとっては歩けるということが、なにかほんとうに特別なことで、かんしゃせずにいられないことにちがいない。それにひきかえ、きみは少しもそれに気がつかずに歩いている。歩くことになんの意味もみいだせないでいる……」
「そのとおりだ、アミ。きみはぼくにいろいろ新しいことを気づかせてくれる……」
第4章へ続く