第2章 (ちゅう)()かんだぺドゥリート

 

 もう(よる)もかなりおそくなってしまったので、

「ぼくの(いえ)にきて()まっていったらいい」

 と彼に言った。

「ぼくたちの友情(ゆうじょう)に、おとなは介入(かいにゅう)させないことにしよう」

 と彼は、はなにしわをよせて笑って言った。

「でも、ぼく、もう帰らなくちゃ……」

「きみのおばあちゃんは、いまぐっすりとねむっているから、少しぐらいここで話しこんでいても、ぜんぜん問題(もんだい)ないよ」

 またもや、ぼくは大きなおどろきを感じた。

「でも、どうしてぼくのおばあちゃんのことを知っているの?」


 

 彼が宇宙人であることを思い出した。

「きみ、ぼくのおばあちゃんを見ることができるの?」

「さっきぼくの円盤(えんばん)から、ちょうどねむりについたところを見たよ」

 とややいたずらっぽく言った。そして、よろこびに()ちた声で、

「海岸を散歩(さんぽ)しよう!」

 とさけぶと、きゅうにとび起きて、高いがけのふちまで走っていき、いきなり下の砂浜(すなはま)にむかって()を投げた‼

 まるで、カモメのように、ゆっくりゆっくりと、すべるようにおりてゆく。

 もうこの小さな宇宙人のすることに、いちいち、おどろいていてはいけないんだと自分(じぶん)に言い聞かせ、ぼくは高いがけっぷちをできるかぎり注意深(ちゅういぶか)くおりた。

「どうやってやるの?」

 いま、彼の見せた信じがたい飛行(ひこう)のことを聞いた。

「自分が(とり)になったような気持(気持)ちになるのさ」

 と言うと、元気(げんき)波打(なみう)ちぎわを、ただまっしぐらに走りはじめた。

 ああ、ぼくも彼とおなじようにできたらなあ。

 

「できるよ! きみにも」

 とこんども、彼はぼくの考えていることをキャッチした。

 ぼくのよこまでもどってきて、

「さあ、いっしょに鳥のように、走ったり、とんだりしよう!」

 とはげましながらぼくの手を取った。そのとたんに、全身(ぜんしん)に大きなエネルギーを感じた。そして、海岸を彼といっしょになって走りはじめた。

「いまだ! とびあがろう!……」

 彼はぼくよりずっと高くとべるので、ぼくの手を取って上にひきあげてくれた。ほんの少しのあいだだけど空中に(ちゅう)づりになったような気がした。

 走りつづけてはとびあがり、また走ってはとび、一定(いってい)の高さをなんども、とびあがった。

「ぼくたちは鳥だ! 鳥だ!」

 とぼくを夢中にさせるようにさけんだ。

 いつものように考えるのを(わす)れ、(すこ)しずつ自分の考え方が()わっていくのがわかった。そして、もういままでのぼくではなかった。

 この小さな宇宙人に言われるまま、自分のからだが(かる)く、軽く、鳥の(はね)のように軽くなって、そして、少しずつ自分が鳥になったのだと言い聞かせた。

 

「ほら、いまだ……とんで!」

 じっさい、空中(くうちゅう)数秒(すうびょう)のあいだだけど、()かんでいることができるようになった。ゆっくりと着地(ちゃくち)して、またつぎの飛行のために走りつづける。

 あらたに飛行をこころみるたびに、浮いている時間(じかん)(なが)くなっていくのは、自分でも信じられなかった……。

「おどろかないで……、ほら、できるよ……いまだ!」

 くりかえすごとに前よりうまくいった。スローモーションのように夜の海岸をゆっくりと走ってはとびあがった。満月(まんげつ)()り、空いっぱいに星がかがやく夜だった。まるで別世界にいるようだった。まったく別の生き方があるようだった………。

「そう、その調子(ちょうし)だ!」

 と言いながら、ついに彼はぼくの手をはなした。

「ほらとべるよ。とべるんだ!」

 ぼくのよこをとびながら、ぼくに自信をあたえるように言った。

「いまだ!」

 

 ゆっくりと上昇(じょうしょう)して、宙にしばらく浮かんだあと、手をつばさのように大きくひろげて、すべるようにおりた。

 

「ヤッホー! やった、やった!」

 

 その()、どのくらい(あそ)んだだろう。

 まったく(ゆめ)のようだった。しばらく夢中(むちゅう)になったあと、少しつかれを感じて、夜の砂浜(すなはま)に身をよこたえた。(いき)をハーハー言わせながら、とても(しあわ)せに満ちた気持ちだった。ぼくにとってあれはなにかとてつもない、信じられない経験(けいけん)だった。

 (くち)に出して彼に言ったかどうか、いまはっきりとはおぼえていないけれど、ぜったいに不可能(ふかのう)と思いこんでいたようなことを、現実(げんじつ)に体験させてくれたこのふしぎな(とも)だちに、かんしゃの気持ちでいっぱいだった。

 そして、それから、まだまだたくさんのおどろくべきできごとがぼくを待っていたとは、あの時点(じてん)ではとても想像(そうぞう)できるはずもなかった…………。

 

 入江(いりえ)反対側(はんたいがわ)にある温泉場(おんせんば)(ひかり)が見えた。

 彼は月の光を()びた砂浜に身をよこたえて、海面(かいめん)にチラチラとうつる月の光に、うっとり見とれていた。

 やがてその満月(まんげつ)を見て笑って言った。

「なんて美しいんだろう。あの(つき)は! 宙に浮いたままけっして落ちてこない。ペドゥリート、きみの星はとても美しいよ」

 ぼくはいちどもそんなことを考えてもみなかったけれど、彼に言われてみると、たしかにそう感じた。夜空にまたたく大小(だいしょう)の星、ひろい海、白い砂浜、そして、けっして落ちてこない月……。

「きみの星は美しくないの?」

 彼は空の一点(いってん)凝視(ぎょうし)したまま、(ふか)いため(いき)をついてこう言った。

「ああ、もちろん美しいよ。そして、みんなそのことを知っていて、とてもたいせつにしているんだ……」

 ぼくたち地球人のことをあまりよくないと、彼が言っていたことを思い出し、そのよくない理由(りゆう)のひとつがわかったような気がした。

 ぼくたちは自分たちの地球をたいせつにもしなければ、(まも)ろうともしない。それどころか、へいきで(こわ)してさえいる。

 でも彼らは自分たちの星をとてもたいせつにしている。

 

「きみ、なんて名前(なまえ)?」

 ぼくの質問がおかしいらしかった。

「言えないよ」

 と少し笑って言った。

「どうして?……秘密(ひみつ)なの?」

「とんでもない! 秘密なんか、なにもないよ。きみたちの言葉には、それをあらわす(おん)がないんだよ」

「それって?」

「ぼくの名前の音だよ」

 へんなアクセントだけど、ぼくたちの言葉を話しているとばかり思っていたのでおどろいた。

 

「じゃ、どうやって、ぼくたちの言葉を勉強(べんきょう)したの?」

「話すことも、理解(りかい)することもできないよ……。もし、これがなかったらね」

 と笑ってベルトにつけてあった小さな器械(きかい)を、手に取った。

「これは、”翻訳機(ほんやくき)”で、この小さなはこのような器械は、きみの頭脳(ずのう)を光のはやさで走査(そうさ)して、ぼくにきみの言おうとしていることを、(つた)えてくれるんだ。だからきみの言うことが理解できるというわけだ。ぼくが言おうとするときは、きみとおなじように(した)や口を(うご)かしてね……もっとも完全(かんぜん)にはできないけれど……」

 そう言うと、彼は”翻訳器″をもとにもどして、砂の上にひざをかかえてすわり、じっと海をながめはじめた。

「じゃ、きみのこと、なんて()んだらいいんだろう?」

「”アミーゴ(友だち)″と呼んだらいい。じっさいそのとおりだし、ぼくはみんなの友だちだからね」

「じゃ〝アミ〟って呼ぶことにするよ。そのほうが(みじか)いし、ずっと名前らしいからね」

 彼はこのニックネームを気に入ってくれた。

 「とてもいい。それにしよう!」

 

 ふたりは、手を取り合ってよろこんだ。なにか新しい大きな友情(ゆうじょう)にめぐりあったように感じた。そしてそれはそのとおりになっていった……。

「きみの星はなんていうの?」

「ウム‼……。これもあてはまる音がないから発音できない。でもあそこだよ」

 ほほえみながら、空にまたたく無数(むすう)の星の一角(いっかく)(ゆび)さして言った。

 

 アミが空をながめているあいだ、ぼくはテレビでなんども見たことのある、宇宙人の地球侵略(しんりゃく)シリーズものの映画(えいが)を思い出していた。

「ところで、いつ地球を侵略するの?」

 またもぼくの質問がおかしかったらしくアミは笑った。

「どうしてわれわれが地球を侵略するって考えるの?」

「知らない……でも映画(えいが)じゃ、宇宙人はみな、地球侵略をたくらんでいるんだ。それとも、みんなってわけじゃないの?」

 彼があまりゆかいそうに(わら)ったので、ぼくのほうまでいっしょになって笑ってしまった。

 そのあと、なんとかぼくの言いたいことをわかってもらおうとこころみた。

 

「だってテレビじゃいつも……….」

「そうそう、テレビだ!………じゃ、テレビの宇宙人侵略の映画を見てみよう!」

 アミはワクワクしながら言って、腰のベルトから別の器械を取り出した。

 ボタンを押すと、画面(がめん)になにかうつり出した。それはとても画像(がぞう)鮮明(せんめい)なカラーテレビだった。チャンネルをすばやく変えていった。おどろいたことには、このあたりでは2チャンネルしかうつらないのに、彼のテレビには、世界じゅうの(こと)なった言語(げんご)の、異なった国のひとたちによるいろいろな映画、生放送番組(なまほうそうばんぐみ)、ニュース、コマーシャルなどがつぎつぎにうつし出された。

「まったく、なんてバカバカしいんだ! 侵略者(インベーダー)の映画なんて……」

 と楽しそうに笑いながら言った。

「なんチャンネル、出るの?」

「地球でいま放送されているすべてのものが出るよ。それはみなわれわれの衛星(えいせい)がキャッチして、それを増幅(ぞうふく)するんだ。あっ、いま、オーストラリアのがうつっている! 見てごらん」

 画面に赤い血管(けっかん)の浮き出た、たくさんの目をもった、タコのような頭をした生きものがあらわれ、恐怖(きょうふ)におののいてにげまわる群衆(ぐんしゅう)めがけて、みどり色の光線(こうせん)をはなっている。

アミは、ゆかいそうに、これを見ていた。

 

「まったく信じられないね。これじゃ、まるで喜劇(きげき)だよ。そう思わない? ぺドゥリート」

「どうして?」

「こんな怪物(かいぶつ)は、これを考え出した人間の頭の中にしか、存在(存在)していないんだよ………」

 ぼくはこれまでいろいろな邪悪(じゃあく)で、おそろしい宇宙人の映画をたくさん見てきたので、きゅうにそう言われてもすぐに頭を()りかえるのはムリだった。

「地球だって、イグアナとかワニとかタコとか、ほかにもいろいろなきみょうな動物(どうぶつ)がいるんだもん、どうしてほかの世界にぜんぜんいないなんて言えるの?」

「そりゃー、そういう変わった動物はいるにはいるけど、ピストルや光線銃(こうせんじゅう)をつくったりすることなんかできない。たんなる動物だから、そんな高等(こうとう)知能(ちのう)はもっていないんだよ」

「でも知的(ちてき)邪悪(じゃあく)な生物《せいぶつ》がいてもおかしくないじゃない……」

 

「”知的で邪悪”だって!」

 アミは、大笑いをした。

「それじゃまるで善良(ぜんりょう)極悪人(ごくあくにん)と言っているようなもんだよ」

 ――じゃ、映画に出てくるバットマンやスーパーマンのライバルの、すごく悪い科学者(かがくしゃ)たちはどうなんだろう?‐‐‐アミはぼくの考えていることをキャッチして笑った。

「その科学者たちは、()がふれているんだよ。インテリなんかじゃなくてね」

「だったら、頭のおかしい科学者のいる世界があって、いつか地球を破壊(はかい)しようとしていてもおかしくはないだろう……」

「それはちょっと、地球以外(いがい)では考えられないね……」

「どうして?」

「もし、そのひとの頭がおかしいとしたら、まず、ほかの惑星(ほし)を侵略するのに必要(ひつよう)な科学の水準(レベル)(たっ)する前に、かならず自分たちで、自分たちのくびをしめるようなことをしはじめるよ。

 だって、爆弾(ばくだん)をつくることのほうが、宇宙船や円盤をつくって、ほかの星を侵略するよりも、ずっとかんたんなことだからね。あるていどの科学の水準(レベル)に達した、でも、やさしさや善意(ぜんい)()けた文明(ぶんめい)は、かならずその科学を自滅(じめつ)するほうに使(つか)い出すんだよ」

「でも、いくつかの惑星(ほし)は、それでも偶然(ぐうぜん)生きのびられるかもしれないよ……」

「偶然? それどういう意味? われわれの言葉(ことば)には、それに相当(そうとう)する言葉がない」

 いろいろな具体例(ぐたいれい)を出して、やっと説明(せつめい)できたとき、彼は笑って言った。

「すべてのものは、みな関連(かんれん)()って()()っているんだ。偶然なんてひとつもないんだよ。でも、その連結(れんけつ)している法則(ほうそく)がどんなものか理解できないでいるか、あるいは、わざとそれを見ないようにしているだけのことなんだよ」

「でも、きみの言うように、もし百万もの世界があるのだとしたら、いくつかの例外(れいがい)があったとしても、少しもふしぎじゃないよ」

 ぼくは、知的な侵略者のいる可能性(かのうせい)があると言いはった。

 アミは、なんとかぼくに理解させようとして言った。

「じゃ、ちょっと想像してごらん。もし、すべてのひとが、まっ赤に焼けただれた(てつ)(たま)を、素手(すで)でにぎらなければならないとする。その中に、まったく火傷(やけど)しないですむひとがいると思う?」

「そんなの、みんな、火傷するに決まっているよ。ひとりの例外もなしにね」


 

「そうだろう。それとおなじことなんだよ。すべての悪玉(あくだま)は、自分たちの悪を克服(こくふく)できないかぎり、けっきょくは自滅(じめつ)するしかないんだよ。だれもこれを支配(しはい)している(ほう)から(のが)れることができないんだよ」

「その法って?」

「ある世界の科学の水準が、(あい)の水準をはるかにうわまわってしまったばあい、その世界は自滅してしまうんだよ……」

「愛の水準?」

 ぼくは、その惑星(わくせい)の科学の水準というのは、はっきりわかったけど〝愛の水準〟というのはよくわからなかった。

「あるひとたちには、もっとも単純(たんじゅん)なことがいちばん理解しがたい……愛とはつよさ、振動(しんどう)、エネルギーであり、その効果(こうか)はわれわれの機械(きかい)ではかることができる。もしある世界の愛の水準が(ひく)けりゃ、それだけその世界は、多くのひとが不幸(ふこう)で、(にく)しみや暴力(ぼうりょく)や、分裂(ぶんれつ)戦争(せんそう)などが(おお)く、とても自滅の可能性の高い、きわめてきけんな状態(じょうたい)にあるんだよ……ぼくの言っていること、わかるかい? ペドゥリート」

「あんまりよくわからない。どういうことが言いたいの?」

 

「いろいろと説明(せつめい)しなければならない。でも(すこ)しずつね。まずきみの疑問(ぎもん)からはじめよう」

 ぼくにはまだ、怪物(かいぶつ)の侵略者が存在(そんざい)しないということが、とても信じられなかった。彼に、とても巧妙(こうみょう)組織(そしき)された″トカゲの宇宙人″が、たくさんの惑星(わくせい)支配(しはい)するというテレビのシリーズもののことを話した。

 アミは、愛のないところに(なが)つづきする組織はありえないと言った。

「この映画の場合、ひとを義務(ぎむ)づけたり、強制(強制)したり、けっきょく、さいごには反乱(はんらん)分裂(ぶんれつ)、そして破壊という結果(けっか)になった。この()には、ゆいいつ、普遍(ふへん)的でかんぺきな、生きのびることを保証(ほしょう)しうる組織がある。とうぜんのことながら、ひとつの文明が進歩(しんぽ)するということは、それだけ愛に近づくということなんだけど、それを達成(たっせい)した世界は進歩していて、だれも(きず)つけるということがない。これはわれわれよりはるかにすぐれた知性がつくり出したもので、これ以外この宇宙で生きのびる方法(ほうほう)はないんだよ……」

 

 あとになって、アミのおかげでかなりよく理解(りかい)できるようになったけれど、そのときは、まだ、宇宙にいる知的で極悪(ごくあく)な怪物にかんしては、うたがいをもったままだった。

 

「あまりにテレビに(がい)されている!」

 と彼はさけんで、こうつけくわえた。

「われわれの想像する怪物は、われわれじしんの中にしか存在しないんだ。それらを放棄(ほうき)しないかぎり、けっして宇宙のすばらしさに到達(とうたつ)することはできない……極悪人は美的(びてき)でもなけりゃ、インテリでもない」

「でもテレビに出てくるあの(わる)い女のひとはとても美人(びじん)だけど……」

「それは美しくないか、悪でないかのどっちかだね……ほんとうの知性とか善意(ぜんい)とか美しさはみな結合(けつごう)している。これらは、みな愛へむかっての進歩がもたらしたものなんだ」

「じゃ、悪い人間は、地球以外この宇宙のどこにもいないっていうことなの?」

「もちろんほかにもいるよ、きみが三十分とたえられない世界だってあるよ………この地球にだって百万年前にはほんものの怪物人間が住んでいた……」

「それ、それ、それだよ。ぼくの言いたいのは」

 と()ちほこってさけんだ。

「アミも知っているじゃないか。やっぱり、ぼくの言っていることが(ただ)しかったんだ。その怪物のことだよ……」

「でも、心配(しんぱい)しなくてもいいよ。彼らは、われわれよりも "下"にいるんだよ。”上”じゃなくてね。ずっとおくれた世界に住んでいて、彼らの頭じゃ、車輪(しゃりん)すら考えつくことはできない。だから、ここまでくることも、侵略することもできないんだ……」

 これを聞いてとても安心した。

「じゃ結果的に言うと、地球人はこの宇宙でいちばんの悪ということではないんだね」

「もちろんさ。でもきみは銀河系(ぎんがけい)の中で、(いち)()(あらそ)うおバカさんだよ.... ....」

 と(した)しみをこめて笑った。ぼくもいっしょに笑い出してしまった。

 

 

第3章へ続く