2026年4月、大和ミュージアムがリニューアルオープン!
開放感あるロビーに生まれ変わり、展示物も充実しました。
館の中央にあるのは、実物の10分の1サイズの戦艦大和の模型。
リニューアルにあたり、新しく発見された資料をもとに、艦首の菊紋章のサイズ変更など細部がアップデートされたそうです。
大和ミュージアムは、戦艦大和を建造した軍港、日本一の海軍工廠のまちとして栄えた呉の歴史を学べる場所。
戦前、呉海軍工廠で造られた戦艦や潜水艦の数々に、当時の呉市の技術力の高さを再認識させられます。
しかし激しい戦いの中、艦がいつどこで最期を迎えたか克明に記された地図が切ない。。
戦艦が沈没するごとに失われた多くの命を思うと、言葉がありません。
いまなお海底に眠る戦艦大和。一部の装備品が引き上げられ、展示されています。
現在も戦艦建造で培われた技術は生き続け、呉では大型タンカー、旅客船やコンテナ船が造られ、自動車や家電品の生産など幅広い分野でも応用されているそうです。
ミュージアムの窓から、呉湾を見晴らしました。向こうに見えるコンテナ船も、呉で造られたのかな。
この日、ミュージアムの外の大和波止場では、呉ご当地キャラ祭が開かれ、全国のゆるキャラやご当地グルメが集合していました。
ミュージアムの中で語られる戦争の歴史と対照的な、ゆるやかなイベント。
写真は和歌山のキャラクター「かきたん」、柿が大好きな神様。こんな平和がずっと続きますように。
実物の零式艦上戦闘機(零戦)六二型。エンジントラブルで琵琶湖に不時着水した機体を引き上げ、修復されたものです。
海上保安庁の歩みも、興味深く紹介されていました。
1948年の設立以来、海の安全、人命の保護を任務とされています。日本を守っていただき本当にありがとうございます。
貞明皇后(大正天皇のお后さま)御下賜の花瓶。
皇后は、人里離れた岬で、厳しい任務につく灯台守に深く心を寄せられました。彼らは雨水を飲み、魚を釣り、畑を耕し、自給自足の暮らしを余儀なくされ、情報収集や移動の機会も制限されていたのです。
皇后は灯台の管理という孤独な作業を担う灯台長らを訪問され、ラジオなどを御下賜されました。
今も昔も、日本の海や離島を守るという大切な仕事に携わっている方々に、感謝しかありません。
大和ミュージアムから望む、てつのくじら館。国内初の実物の潜水艦の屋外展示で、内部は海上自衛隊の史料館です。
次回呉に来るときには、久しぶりに入館しよう!
そこから車で約10分、呉海軍墓地を訪れました。
1890(明治23)年、海軍軍人の埋葬地として開設。現在は長迫公園として整備されています。いま日本に海軍はないので、旧海軍墓地と言うのが正しいのか。
戦艦大和の戦死者の碑も建立されていました。映画「男たちの大和/Yamato」のロケ地でもあるようです。
2025年には戦後80年の合同追悼式が行われ、遺族や市民など約700人が参列したそうです。式典では、海上自衛隊の儀仗隊が弔銃を発射し、戦没者に敬意を表しました。
慰霊碑が呉湾を見晴らす高台の公園にあるのも、戦没者の魂安らかなれとの思いを感じます。
彼らが守ってくれた日本という国。呉を訪れると、感謝の気持ちがわいてきます。
海軍カレーや昴珈琲など、呉のグルメも大好き。また来月も呉に行こう!

















