Hero-on's Style

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   < ひーろんの○△□(かたち) >
  - ネコを描く -

 

 

 

 

 

 こんにちは。

 

 

 

 

これがどん底だなどと

言っていられる間は

どん底にはなっていないのだ

 

 

 

 

 

斎藤茂太「続 いい言葉は、いい人生をつくる」より

 

 

 

 

 

シェイクスピア「リア王」からの言葉

 

 

 ご本人が精神科医ということもあり、経験上、

 心に響く言葉であったのかもしれません。

 

 自分自身の経験の記憶を掘り起こしてみても、

 確かに、納得するものがあります。

 

 以前から「日にち薬」の話も書いておりますが、

 その「日にち薬」の効能が理解できても、

 実際、その立場にいる人からしたら、

 なかなか自分自身に言い聞かすのは難しい。

 

 

 

 僕は、とにかく、体を動かした。

 

 対人関係がさほど苦手ではないので、

 「外出した」と言う方が正しいか。

 

 家の中で筋トレやらエアロビ(?)では、得心しないので。

 

 

    

 不安というのは、

何かをしなさい

というエネルギー

 

 

という言葉は知っていたので、自分に

 向いているとなれば、「外出して、

 いろんな人に会うこと」なのかなって。

 

 書の中の「どん底」でいうならば、

本当に「どん底」ならば、「外出」する

 気力も出てこなかったであろうから。

 

「外出」が全員に合うとは思わないけど、

 

 不安というのは、

何かをしなさい

というエネルギー

 

という言葉は、心のどこかに置いておいても

 損はないんじゃないか、そんな気がするんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひーろん。 \(☆´∀`)/     博

 

 

 

 

 

 こんにちは。

 

 

 

 

自分が不幸だと

考えないかぎり

この世には不幸なことは

なに一つない

 

 

 

 

 

斎藤茂太「続 いい言葉は、いい人生をつくる」より

 

 

 

 

 

ルキウス・アンナエウス・セネカ

(ローマ帝国の政治家・哲学者)の言葉

 

 

言葉こそ違えど、我流念仏にある

 

 

    

自分自身の気持ちの

持ち方ひとつでないかな

 

 

 に繋がる言葉かな、と。

 

 

 本当に、自分の気持ちの持ち方次第。

 

 マイナス発想でいたら、全て、

 マイナス発想の景色が広がってくる。

 

 逆も、然り。

 

 プラス発想でいたら、全て、

 プラス発想の景色が広がってくる。

 

養老孟司氏の本にも書かれていましたが

 (『バカの壁』だったかと思いますが)、

 「桜が違って見える話」があります。

 

 

 

 

 

詳細は「書 その1619」をご覧ください。

 

 

似たような話は、「書 その3662」

 でも書いておりました。

 

 

 

 

「自分なりに頑張って生きているけど、

 どうもうまく生きられない。」

 

自分自身へのエールも含め、ヒントになる

 blogになればいいなと思っております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひーろん。 \(☆´∀`)/     博

 

 

 

 

 

 こんにちは。

 

 

 

 

少年時代に

野球を覚えたとき

「ドンマイ」という

 言葉を覚えた。

 人生は「ドンマイ」だ。

 

 

 

 

 

斎藤茂太「続 いい言葉は、いい人生をつくる」より

 

 

 

森 祇晶氏(元西武ライオンズ監督)の言葉

 

 

「ドンマイ」という言葉は、確かに小学生の頃には

 知識としてあったけど、まさか、英語とは思わなかった。

 

「Don't  mind!」とは思わんわなぁ、流石に(笑)。

 

 僕も少年野球に参加していたけど、

 少年野球で耳にした記憶はない。

 

 まぁ、どこで耳にしようが、

 どうでもいいことなんだけど(笑)。

 

 

人生は「ドンマイ」だ。

 

 

うん、これは、確かにそうだろうな。

 

僕の我流念仏でいうところの

 

 

    

なんとかなる

なんとかなる

 

 

 に当たるだろうな。

 

 完全に、自分の好みの問題ですけど、

「なんとかなる」は2回

 繰り返すようにしています。

 

念仏を積み重ねていく際に、なぜか

 2回唱えて記憶しようとする自分がいました。

 

 この箇所の直前は、

 

 

No pain, No gain.

 

 

 がありますが、これは1回のみ(笑)。

 

 これも、好みの問題。

 

 

 No pain, No gain. も、

 いつ知ったんだろうなぁ。

 

予想されるのは、大学生の頃、語学学習の

 際の知識かなと思われるけど、後に、

 CHAGE&ASKAが「No pain, No gain.

 という楽曲、発表するんですよね。

 

 

 

 

 20代の頃、よく聴いたなぁ、

 そんなにヒットした曲じゃないけど汗

 

「痛みなくして、得るものなし。」

 

 自らの仕事に対し、常に言い聞かせながら、

 次から次へと、いろんなことにトライしていきました。

 

 少なくとも、自分の性には合う考え方だったと、

 今思うと、そう感じますねぇ…

 

 みなさんは、今日の書の「ドンマイ、」

 どのような印象も持たれましたでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひーろん。 \(☆´∀`)/     博

 

 

 

 

 

 こんにちは。

 

 

 

 

この世で最も強い人間は

どんな状況のなかでも

だだ一人立つ人間だ

 

 

 

 

斎藤茂太「続 いい言葉は、いい人生をつくる」より

 

 

 

 

 

お気づきのように、「だだ」は

 間違っております。

 

「ただ」が正しい言葉です。

 

このように頻繁に間違って書いてしまうことを

 証明するために、このようにアップしてみました(笑)。

 

もちろん、画像編集して「ただ」に

 変えてしまうことも簡単です。

 

 

 

 

 出来ました(笑)。

 

 

 言いたいことは、間違ってもいい、

 どんどん続けてゆくということ。

 

「だだ一人」が印象に残って、この書の言葉が

 記憶に留められるのならば、それはそれでいいこと。

 

 もちろん、書き直せばいいだけの話なので、

 書き直したバージョンをまたアップすることも可能。

 

 

 間違えることを恐れないこと。

 

 

自分なりの「入り込み方」で(笑)書を

 書いておりますが、もちろん、

 間違えることもあります。

 

 この書だと、三分前後でしょうか、書き上がるのに。

 

 一行ごとに立ち止まり、次の行をどうするか考える。

 

 文字の大きさは、ほとんど考えません。

 

 いいところで改行するために、

 文字の大きさは変えません。

 

文字の大きさを変えてしまって、いい作品に

 ならないことが多かったから。

 

今回、「だだ」のために、書の

 中身について、全く触れませんでした(笑)。

 

 幸い、わかりやすい内容の言葉でしたので、

 解説は割愛させていただきます。

 

この我流のStyleで、20年以上書を

 書き続けている僕も、ある意味、

だだ一人立つ人間

 なのかもしれません(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひーろん。 \(☆´∀`)/     博

 

 

 

 

 

 

 

 こんにちは。

 

 

 

 

重大な局面にあっては

ほんのちょっとのことが

最も大きな影響力をもつ

 

 

 

 

 

斎藤茂太「続 いい言葉は、いい人生をつくる」より

 

 

 

ナポレオン・ボナパルト(仏皇帝)の言葉

 

 

 

 

 

 時々発生する、「2つで1セット」バージョンです。

 

 書ききれなかっただけです(笑)。

 

 フォトショップで、1つにしてみました。

 

 

 

 

 横に長くなりましたなぁ(笑)~汗

 

ナポレオンが、どんなシチュエーションで

 この言葉を発したのか、定かではありません。

 

 ただ、

 

 

    

戦いの勝敗は

最初の一発が撃たれる前に

決まっている

 

 

 という言葉が、彼の言葉として残っているので、

 後世の意訳・創作の可能性も考えられます。

 

 

「ほんのちょっとのこと」の

 積み重ねなんですよね、結局。

 

 

突如として「自分のいうもの」が

 形成されるわけでもあるまい。

 

 毎日の心がけ。

 

どんな心がけをしながら毎日を送っているのか

 という問いかけもあるでしょうけど、

 10代や20代の頃ならいざ知らず、

 この瞬間に生きる僕としては、

 

 

他人に優しく接せられているか

 

 

 が、その答えとなる。

 

「優しく接することができなかったな」

と感じる時、ありますよ、そりゃあせる

 

 「悟り」が開けたわけでもあるまいし(笑)汗

 

 だからといって、反省もしませんよ(笑)。

 

 そんなに難しく考えなくていい、

接することのできなかった

 何かしらの原因があっただろうから、

 そのことを考えて、次回に生かす、

 それだけのこと。

 

それを、人は「反省」と言うのかもしれへんけど(笑)、

 

 

だから何やねん!

知ったこっちゃあらへん!

 

 

 の精神も、心の中に健在やから(笑)。

 

自分の心の「土台」として

優しさ」が埋まっていれば、

 多分、それでいいんだろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ひーろん。 \(☆´∀`)/     博