「蟬〔せみ〕かえる」櫻田智也 | ひいくんの読書日記

ひいくんの読書日記

ひいくんが、毎日の通勤電車の中で読んでいる本を紹介します。
通勤時間は30分ほどなので、軽い読物がほとんどです。

全国各地を旅する昆虫好きの心優しい青年魞沢泉
が解く事件の真相は、いつだって人間の悲しみや愛おしさを秘めていました。
注目の若手実力派が贈る、第74回日本推理作家協会賞第21回本格ミステリ大賞を受賞した、連作ミステリの第2弾です。

5編の短編が収録された連作短編ミステリです。
蟬〔せみ〕かえる」    
コマチグモ」  
彼方の甲虫」   
ホタル計画
サブサハラの蠅

主人公の魞[魚へんに入]沢泉〔えりさわせん〕は、昆虫オタクの飄々とした少しとぼけた感じの30代の青年ですが、訪れた先々で昆虫だけでなく不可思議な事件に遭遇してしまいます。

各編では、災害ボランティアとして来て以来、16年ぶりに山形県西溜村を訪れた糸瓜京助が、修験道の霊場だった御隠神社で、上高地大学昆虫食の研究をしている鶴宮虫好き青年魞沢に出会い、2人に16年前にこの場所で不思議な少女に出会った話をする「蟬かえる」、団地で倒れている人がいるという通報を受けて現場に向かっていた救急車が、途中で車にはねられて倒れている中学生に遭遇し、その中学生とその直前に話をしたことから魞沢唐津担之巡査部長桂木弓巡査から事情聴取を受けることになる「コマチグモ」、丸江ちゃんこと瀬野丸江魞沢と知り合いになった経緯は、前作『サーチライトと誘蛾灯』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12594990177.html)の第4話「ホバリング・バタフライ」で描かれています)の始めたペンションに招待された魞沢が、スカラベのペンダントをしたナイル上流出身のアサル・ワグディという青年と知り合いになる「彼方の甲虫」、サイエンス雑誌編集長斎藤が、中学生常連投稿者ナニサマバッタ君から8年目に斎藤の前から姿を消したライター繭玉カイ子がいなくなったと聞き、北海道に向かう「ホタル計画」、エジプトから帰国した魞沢が、空港で南スーダンから帰国した“越境する医師たち”のメンバーの江口海に10数年ぶりに再開し、2か月後、研究のためツェツェバエのサナギを持ち帰った江口の自宅を訪ねる「サブサハラの蠅」と、いずれも昆虫がらみの事件が描かれます。

私のお気に入りは、第4話「ホタル計画」です。
物語は、サイエンス雑誌アピエ』の二代目編集長筆名オダマンナ斎藤が、中学生常連投稿者ナニサマバッタ君からの電話を受けるシーンから始まります。
電話で、8年前に斎藤の前から姿を消したライター繭玉カイ子がいなくなったと聞いた斎藤は、早速、鉄道で北海道函館駅から普通列車で25分の無人駅に向かいます。
3年前にカイ子と知り合ったというバッタくんによると、カイ子は自宅の古民家カブトムシを育てており、自宅の前の水田ホタルを蘇らせる“ホタル計画”を進めていたとのことでした。
そして、もし自分に何かあったら、斎藤編集長に連絡してほしいと言われていたのことでした。
カイ子が残した数枚の写真と、カイ子が姿を消したのとほぼ同時に東斗理科大学長下部教授が変死したという事実から、藤はカイ子がいなくなった真相を探り始めます。
カイ子の身に何が起きたのかというホワットダニット〔whatdunit〕ミステリの秀作です。
最後まで正体を明らかにしない魞沢の鮮やかな推理と、温かい心遣いが印象に残りました。


ミステリとしては、何が起きているのかわからない状況下で物語が進行するホワットダニット〔whatdunit〕ミステリです。
そして、何が起きているかが判明した後は、犯行の動機という謎を解くホワイダニット〔Whydunit〕謎解きミステリとなります。

巻末の「解説」で法月綸太郎氏が、ホワットダニット〔whatdunit〕には、“①「いったい何が起こっているのか?」と②「今、何が起こりつつあるのか?」を問う二つのパターンが”あり、“「コマチグモ」「ホタル計画」は①のパターン”、“「彼方の甲虫」「サブサハラの蠅」は②のパターン”に属し、“表題作「蟬かえる」は①と②の要素を併せ持つ”と述べているように、この作品はホワットダニット〔whatdunit〕の魅力が満喫できる短編集です。

また、前作『サーチライトと誘蛾灯』をこのブログで紹介した際に、“探偵役の魞沢の内面や日常生活が明らかにされない”と書きましたが、この作品の後半の2編「ホタル計画」、「サブサハラの蠅」では、魞沢の過去が少しづつ明かされ、魞沢の内面に迫る作品となっています。
このシリーズ、人間の悲しみを感じるラストシーンが多いのですが、探偵役である魞沢に人間性が加わったことにより、そうしたシーンで魞沢の悲しみも感じられるようになり、物語は深みを増しています。

このシリーズの今後が一層楽しみになりました。

 

 

表紙のイラストは、イラストレーター河合真維さんです。
ホタルの舞う水辺で、指にトンボを止まらせている魞沢が描かれています。
河合真維さんのツィッターはこちらです。→https://twitter.com/kawai_mai

 [2023年3月5日読了]