事件の謎を追って、アメリカから来た詩人、キリオン・スレイの推理が冴えます。
おかしな外人を探偵役に、数々の事件を見事な論理で解明するユーモア本格連作推理です。
6編の短編が収録されています。
「最初の? なぜ自殺に見せかけられる犯罪を他殺にしたのか」
「第二の? なぜ悪魔のいない日本で黒弥撒を行うのか」
「第三の? なぜ完璧のアリバイを容疑者は否定したのか」
「第四の? なぜ殺人現場が死体もろとも消失したのか」
「第五の? なぜ密室から凶器だけが消えたか」
「最後の? なぜ幽霊は朝めしを食ったのか」
主人公は自称詩人のキリオン・スレイ(Quillion Sleigh)は何となく日本に来て、アメリカで知り合った青山富雄の家に居候をしています。
富雄は両親がアメリカにいたときに生まれたので、アントニイという名も持っているので、トニイの愛称で呼ばれ、雑誌に外国だねの記事を書いていました。
キリオンは普段は何もしないなまけものですが、犯罪事件が起きると急に生き生きとして、首を突っ込みたがり、見事な推理能力を発揮します。
しかしながら、日本語はまだ十分に話せないので、トニイが通訳を務めることがしばしばでした。
この作品の第1話で初めて登場したキリオンを主人公としたミステリは、3作の短編集と長編が1作、刊行されています。
この作品でキリオンは、富雄の大学の後輩の前田明子と共にキリオンが訪れていた前衛ジャズが流れてゴーゴーが踊れるバーの“グロテスク”で、突然銃声が聞こえ、女性が倒れにもかかわらず、店内から拳銃が見つからなかったり(「なぜ自殺に見せかけられる犯罪を他殺にしたのか」)、新宿で黒ミサが行われているうわさを富雄のところに原稿を取りに来た週刊誌の記者の小室から聞かされたキリオンが、小室の紹介で黒ミサに誘われた寺本タマヨから黒ミサの様子を聞くことになったり(「なぜ悪魔のいない日本で黒弥撒を行うのか」)、キリオンと富雄が竹ずしで女性を見かけますが、その翌々日、その女性が寿司屋のマスターと共に2人のところを訪れ、刑事が聞きに来たら寿司屋にいたことを否定してほしい頼まれたり(「なぜ完璧なアリバイを容疑者は否定したのか」)、空き巣に入ったら若い女が出てきたので思わず刺し殺してしまったが、怖くなって自首し、警官と現場に戻ると、その痕跡は全くなく、その家の住人も何も知らないという話を自首した男から富雄が聞いてきたり(「なぜ殺人現場が死体もろとも消失したのか」)、隣室から悲鳴が聞こえ、急いで見に行くと、女を刺したと男が自首したものの、凶器はなく指で殺したと主張しているという話を水菓子屋の若旦那から聞いたり(「なぜ密室から凶器だけが消えたか」)、ある商家の蔵屋敷でその家の娘が死んでいるのが仲の良い女中によって発見され、死亡推定時刻は深夜だというのに、女中が娘が朝飯を食べるのを見たと話したという評論家の上村裕作が大正時代に本当にあった事件をキリオンと富雄が参加した百物語の会で聞くことになったり(「なぜ幽霊は朝めしを食ったのか」)と様々な事件に遭遇し、見事な推理を披露します。
私のお気に入りは、第3話の「なぜ完璧なアリバイを容疑者は否定したのか」です。
ある夜、キリオンと富雄が行きつけの寿司屋・竹ずしに行くと、5分もたたないうちに27、8歳の女性が1人で来店し、奇妙な食べ方をし、壁の時計で時刻を確認し、帰ります。
翌々日、竹ずしのマスターとその女性が2人の元を訪れ、刑事が聞きに来たら、寿司屋のいたことを否定してほしいと2人に頼みます。
訪ねてきた刑事から久世山修造という47歳の男が殺される事件が起き、2人が寿司屋で会った女性はその妻の美野里だとわかります。
美野里には愛人がいて、彼をかばっているらしいことを天野部長刑事から聞いたキリオンは、現場を訪れることなく、天野部長刑事からの捜査情報を基に、美野里の不自然な行動の謎を解きます。
安楽椅子探偵ものの形式のホワイダニット〔Whydunit〕のミステリの秀作です。
なお、巻末の中島河太郎氏の「解説」によると、この作品は1967年12月から各誌に分載されたものをまとめて、1972年12月に連作短編集として刊行され、“その際、各篇の標題を設問形式に改め、内容も雑誌発表のものを書き改めている”とのことです。
なお、戸田和光氏の書誌サイト「ミステリ書誌の吹きだまり」(http://www7b.biglobe.ne.jp/~tdk_tdk/)によると、各編の初出時のタイトル、掲載誌は、収録順に次のとおりです。
「剣の欛〔つか〕」:『推理界』(1967年12月)
「悪魔学入門」:『漫画読本』(1968年9月)
「裸のアリバイ」:『推理界』(1968年11月)
「死体と寝たい」:『推理ストーリー』(1969年10月)
「溶けたナイフ」:『時』(1968年12月)
「腹のへった幽霊」:『別冊週刊大衆』(1970年10月)
さすがに若者の言葉遣いや風俗には時代を感じさせるものがありますが、とても50年以上前の作品とは思えないほど現代的なミステリです。
キリオンの登場するほかの作品も読みたくなりました。
表紙のイラストは、似顔絵作家でイラストレーターの山藤章二さんです。
半纏を来たキリオンが描かれています。
角川文庫版では、もともと表紙全体がこのイラストでしたが、私が買ったのは、1996年に“REVIVAL COLLECTION Entertainment Best 20 '60~'80”として復刊された版なので、イラストは小さくなっています
また、意匠も山藤章二さんが担当しており、目次のページには各短編のタイトルは書かれておらず、6つの剣のイラストのみが描かれ、各短編の最初のページで、剣が抜かれタイトルが現れるという非常に魅力的なデザインになっています。
[2021年5月28日読了]