副題は、“猫丸先輩の空論”。
相変わらずアルバイトに明け暮れている名探偵・猫丸先輩が日常に潜む6つの謎を持ち前の観察力で解き明かす“猫丸先輩シリーズ”第5弾です。
6編の短編が収録された連作短編ミステリです。
「水のそとの何か」
「とむらい自動車」
「子ねこを救え」
「な、なつのこ」
「魚か肉か食い物」
「夜の猫丸」
この作品でも、相変わらず定職に就かず、アルバイトで生計を立てているらしい猫丸先輩は、イラストレーターの美里の家のベランダになぜか毎朝ペットボトルが置かれる謎(「水のそとの何か」)、後輩の八木沢の事故現場に次々と無線タクシーが集まってくる謎(「とむらい自動車」)、子ねこの世話をしている老婆のところになぜか1匹傷だらけの子ねこがいる謎(「子ねこを救え」)、海浜の密室状態のテントの中で散乱した7つのスイカの謎(「な、なつのこ」)、どこにでもいるような内気な女子大学生の恐るべき特技と秘密が起こす騒ぎの謎(「魚か肉か食い物」)、一人で残業中の八木沢のオフィスで鳴る電話がだんだん近づいてくる謎(「夜の猫丸」)と、バラエティに富んだ日常に潜む謎に挑みます。
私のお気に入りは、「とむらい自動車」と「子ねこを救え」です。
「とむらい自転車」は、八木沢が交通事故に遭い、その事故現場を八木沢の学生時代の友人の大西克人が訪れるところから始まります。
大西が事故現場に手向けられた菊の花を眺めて神妙にしていると、この路地で待っている鈴木という人物に呼ばれたというタクシーがやって来ます。
そうこうしているうちに、次々と鈴木という人物に呼ばれたというタクシーがこの路地にやって来ます。
それらのタクシーの運転手たちの存在しない客を巡る争奪戦に巻き込まれた大西に、同じように八木沢の事故現場を訪れた猫丸先輩が鮮やかな謎解きを披露します。
このタクシーの謎もなかなかですが、冒頭からの仕掛けが絶品です。
「子ねこを救え」は、中学生の植松幸太が幼馴染で同級生の里村真美に頼まれ、4匹の子ねこを世話している老婆が1匹だけを虐待しているので救い出しに行こうとするところから始まります。
真美の中学生の女の子らしいどこか浮世離れした一途さと、期待しながらも肩すかしを食う幸太の真美へのほのかな恋心の描き方が青春小説のようで絶妙です。
猫丸先輩のやさしさが伝わる一編です。
このシリーズでは、猫丸先輩の謎解きの根拠は読者にも同じように提示されます。
したがって、読者は猫丸先輩と同じ結論を導き出すことも可能なはずですが、この作品でもこれまでと同様に猫丸先輩の発想があまりに独創的なため、読者は猫丸先輩の語る意外な真相に唖然とさせられてしまいます。
各話のタイトルが、前作『夜届く』に引き続き、有名作品のタイトルのもじりなのも楽しいです。
ちなみに元の作品は、「水のそとの何か」〔シャーロット・マクラウド『水の中の何か』〕、「とむらい自動車」〔大阪圭吉『とむらい機関車』〕、「子ねこを救え」〔島田雅彦『子どもを救え!』〕、「な、なつのこ」〔加納朋子『ななつのこ』〕、「魚か肉か食い物」〔舞城王太郎『煙か土か食い物』〕、「夜の猫丸」〔R・D・ウィングフィールド『夜のフロスト』〕だと思います。
猫丸先輩の時合わす謎は、第1作『日曜の夜は出たくない』では殺人事件を巡るの謎でしたが、第3作『幻獣遁走曲』では盗難事件や放火事件を巡る謎となり、この作品ではついに当事者以外にはどうでもいい(失礼!)謎となりました。
もう15年近く続編が出ていないのは、これ以上ささいな“日常の謎”では謎解きの意味がなくなってしまったので、作者は続編を書く気がなくなってしまったからではないかと思っていましたが、巻末の「創元推理文庫版あとがき」で作者が続編をほのめかしているので、とても楽しみです。
とむらい自動車 (猫丸先輩の空論) (創元推理文庫)
929円
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表紙のイラストは、創元推理文庫の新版で作者の作品のイラストを描いているイラストレイターの伊藤彰剛さんです。
今回も、なぜ羊のか、私にはわかりません!
伊藤彰剛さんのツィッターはこちらです。→http://www.akitakaito.com/
[2019年8月7日読了]
“猫丸先輩シリーズ”のこれまでの作品を紹介したページは、次のとおりです。
第1作『日曜の夜は出たくない』(1994年)〔http://ameblo.jp/hiikun-book/day-20190302.html〕
第2作『過ぎ行く風はみどり色』(1995年)〔http://ameblo.jp/hiikun-book/day-20190625.html〕
第3作『幻獣遁走曲』(1999年)〔http://ameblo.jp/hiikun-book/day-20190803.html〕
第4作『夜届く』[『猫丸先輩の推測』から改題](2002年)〔http://ameblo.jp/hiikun-book/day-20190722.html〕
第5作『とむらい自動車』[『猫丸先輩の空論』から改題](2005年)