「霧に橋を架ける」キジ・ジョンスン | ひいくんの読書日記

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ひいくんが、毎日の通勤電車の中で読んでいる本を紹介します。
通勤時間は30分ほどなので、軽い読物がほとんどです。

2つの月が浮かぶ世界で、危険な“”の河に長大な橋を架けようとする人々の苦闘と絆を描くヒューゴー賞ネビュラ賞受賞の表題作「霧に橋を架ける」、消失と再出現を繰り返す不思議なたちのサーカスと共に旅を続ける女性が出会う人生の奇跡を描く世界幻想文学大賞受賞作の「26モンキーズ、あるいは時の裂け目」を始め11編が収録された日本オリジナルの作者初の邦訳短編集です。

11編の短編が収録されています。
26モンキーズ、そして時の裂け目」
スパー
水の名前
噛みつき猫
シュレディンガーの娼館(キャットハウス)
陳亭、死者の国
蜜蜂の川の流れる先で
ストーリー・キット
ポニー
霧に橋を架ける
《変化》後のノース・パークで犬たちが進化させるトリックスターの物語

そのほかの収録作は、遭難した女性が未知のエイリアンにとの言語を介さない性的な結合のコミュニケーションにまきこまれていく「スパー」、自分の携帯電話から聞こえてきた水の音が、一体どんな水の音なのかと考える「水の名前」、両親が離婚しそうな家庭の3歳の女の子が噛みつく癖のあるを手に入れる「噛みつき猫」、が“娼館”という定義のみしか確かでない場所に閉じ込められる「シュレディンガーの娼館(キャットハウス)」、若いと死期の近付いたとが死者の国について考える「陳亭、死者の国」、老愛犬サムとの旅で、女性が水の流れの代わりに蜜蜂の大群からなる川の上流をめざす「蜜蜂の川の流れる先で」、一人の女性作家が古代ローマの叙事詩アエネーイス』の悲劇の女王ディドーと自らを重ね合わせる「ストーリー・キット」、一角獣をめぐる少女たちの確執を描く「ポニー」、動物が喋るようになった世界で、捨てられて行き場のなくなった飼い犬を主人公が助けようとする「《変化》後のノース・パークで犬たちが進化させるトリックスターの物語」とバラエティに富んでいます。

私のお気に入りは、「26モンキーズ、そして時の裂け目」と「霧に橋を架ける」です。
26モンキーズ、そして時の裂け目」の主人公は、消失マジックをおこなう26匹の猿を手に入れたエイミーです。
舞台から消えた猿たちがどこへ行くかは誰にもわからず、数時間かけてエイミーの元に帰ってきます。
エイミーが不幸のどん底にあったときに、ユタ州での出し物を見てオーナーに交渉し、1ドルで買った26匹の猿は、リスザルからチンパンジーまで種類はさまざまでしたが、ゼブという名の一匹だけは老齢のため毛が抜け落ち種類がよくわかりません。
エイミー猿たちが別れはくるのでしょうか。
不思議な温かい余韻を残すラストが見事です。

霧に橋を架ける」は、腐食性の濃霧が渦巻き、怪物も潜む大河によって二つに分断されている異世界の帝国が舞台です。
両岸の物流は、特殊な航行技術を駆使する一族の船のみがを担っていました。
やがて、技術者が派遣され、数年にわたる工事の末、両岸世界が橋で結ばれることになります。
橋を架けることではなくて、橋が架かることによって社会の、そして個人の、生活やものの考え方が変わっていくいきさつが丹念に描かれ、読み応えがあります。
また、技術者のリーダーの男と、渡し舟を繰る一族の女との永遠に一緒にいられないことはわかっている男女恋の物語でもあります。

収録作の多くが、私は自分ではない、あなたのことが永遠にわからないというディスコミュニケーションの物語ですが、わかりあえなさをわかりあおうとする者たちに対する作者のやさしい視線が感じられ、心地よい読後感を残します。

 


表紙のイラストは、イラストレイター緒賀岳志さんです。
表題作「霧に橋を架ける」の建設中の橋が描かれています。
緒賀岳志さんのウェブサイトはこちらです。→https://www.takeshioga.com/524159

[2016年11月7日読了]