母方の生家が伏見稲荷を祀っていた。

商売を畳んだときに、小西のじっちゃんと呼ばれる近所の霊能者(この人も多分狐憑きだった)がちゃんと神あげの儀式をやったんだが、お稲荷さんは実はまだ祀り続けて欲しくこっそり私の母親に憑いていた。

だから私の母親は若い時に霊感が凄かった。

私が成人して急に霊感がついた時期と母親から霊感がなくなった時期がかぶる。

この時は幽霊の姿は見えたが、神さんや仏さんの姿はまだ見えなかった。

多分だけど私自身の波動が低かったから低級霊の姿しか見えなかったんだと思う。

私が23歳の時、職場で物凄いパワハラといじめにあってうつ病に追い込まれたことがあった。

仕事はうつ病で継続不可になり失職。

この時、合わせて父親が亡くなり速度超過で運転免許も取り消しになるなど、不運が重なった。

今思えばあの時が人生のどん底だったように思う。

当時はうつ病などの精神病に今ほど社会的な理解が無かった。

特にうつ病なんかはただの怠け者だとレッテル貼りされていた。

だから、心がズタボロでも、家族には仕事を辞めたなら次の仕事をさっさと探せと鞭を打たれた。

精神科に行っても心の中はレントゲンで映せないとか言われて、うつ病の診断が貰えなかった。

でもむっちゃキツくて不快な気分になる向精神薬を処方されて、それから精神科には一切足を運ばなくなった。

私はその頃になると、仕事を探してる振りをして近所の公園や神社でベンチに座りボケーっと暇を潰すことばかりやっていた。

ある雨の日のことだった。

私はいつものように近所の神社のお社の中の長椅子に腰掛け雨が止むのを待っていた。

しかし、夕方になっても雨はやまず時間がかかるなと思って、すぐ近くのコンビニで酒を買い神社に戻って酒を呑みながら雨が止むのを待っていた。

たしかあの日は予報では夕方に雨があがると言っていたのに、日が暮れても一向にやむ気配がなくなんだかイライラとした気分になっていた。

いつになったら家に帰れるんだと。

しかし、その途端に家に帰っても何もすることがない自分を虚しく感じた。

そして毎日毎日仕事を探してる振りをしているだけの自分を情けなく思った。

そして目からぼうだの涙が溢れてきたと思うと、人生で初めて希死念慮というものを感じた。

今すぐに首を吊ってこの世とおさらばしたいと。

でもどうせ死ぬのなら自分をいじめた憎い上司を殺して巻き添えにして死んだら良いのではないかと思った。

希死念慮は強い殺意に変わった。

雨は夜になってもあがる気配はなく、逆にどしゃ降りになっていた。

その時に感じた殺意はそんなどしゃ降りの中でも近くの工具店に私を走って行かせるほど強いものだった。

私は工具店に入り一番に目に止まった金槌とロープを買った。

そして雨がやみしだい職場に行って今すぐに憎い上司の野郎の頭を何発もこの金槌で殴って殺してから自分はこの神社の御神木で首を吊って死のうと考えた。

そしてまたコンビニにフラフラと入り追加の酒を買い神社に戻ると、酒を呑みながら雨がやむのを待っていた。

でもそんな時に限って雨はどんどんと激しさを増し、私は知らぬ間に眠っていた。

起きたのは夜中だった。

雨はあがっていたが、夜中の神社には不気味さを感じた。

寝る前に感じていた怒りや殺意もすっかり消えていた。

その神社は天神さんだったんだが、隣に小さな稲荷社があった。

その稲荷社の方から半透明の狐があるいてきて私がいる社の前にちょんと座るとずっとこちらを見ていた。

人生で初めて狐霊…いわゆるお狐さんを見た瞬間だった。

姿は見えるのだが何を思っているのか分からない。

私はその狐が何を告げにきたのか物凄く気になった。

そして閃いた。

狐と言えば、日本に古くから伝わる交霊術のコックリさんで狐のお告げが分かるんじゃないかと。

私はいつもハローワークへ持っていっていた、カバンの中から赤ペン黒ペンとメモ用のキャンパスノートを一枚ちぎり取り出すと、そこにコックリさんの術式通りに鳥居を朱書きで平仮名と数字を黒字で書くとコックリさんコックリさん鳥居から中にお入りください。と、呪文を唱えた。

私はまずあなたは私に何の用事で私の前に現れたのですか?と、質問した。

すると勝手に十円を押さえる指が動き出して「お前は死ぬのが怖くないのか?」と、逆に質問を返された。

私は「あん畜生(憎い上司のこと)が死ぬなら俺かって晴々した気分で死ねますよ」と答えた。

お狐さんは「ならば死ね、ワシがお前を今から食ろうてやるわ」と、言った。

私は更に疑問をぶつけた。

「でも私が死んで、あいつ(憎い上司)はどうなるんですか?」と、尋ねた。

するとお狐さんは「お前は忍耐は弱いが他人を恨んだり憎んだりする呪力は強い男だな。その怒りの念こそがワシらの好物なんじゃ、やはり死なすには惜しい男よ」と、そう言い残してお狐さんはふっと姿を消し、コックリさんの十円玉を持つ手も止まった。

私はそのまま追加の酒を呑み朝まで神社で寝た。

そして明くる朝雨がやんで私は自転車で職場まで行き、昨晩コックリさんで使った十円玉を職場に投げ入れ、コックリさんに使った紙を職場近くの地面に埋めて家に帰った。

その後暫くして私の勤めていた支店は何故か閉店、憎い上司(支店長)はクビになった。

このころから狐憑きになった。

幽霊がはっきり見えるし、聞こえなかった幽霊の声まで聞こえるようになった。

そして他人の心が見えるようになった。

うつ病は不思議となおったが、食が細くなりガリガリと痩せていき、夜になると目がギラギラと冴え眠れなくなった。

更にいつまでも癒えない身体の疲労感。

私はこの狐憑きの状態が嫌で一度近くの神社にお祓いにいったけど、一年もしないまに狐はもどってきた。

そして狐さんに帰ってもらうよう油揚げやタマゴなんかを毎晩お供えしたが、逆効果で狐はヌクヌクと家に居座った。

私に憑いてた狐は去年の6月に煌くんという名前(死んでから熊野大社で天照大御神か、イザナミに与えられた名前)の神使になる予定であった神社で弱ったカラスを勝手に保護した一件でやってきた大年神さんに落として貰ったが、昨日の朝伏見稲荷から凄いお狐さんがやってきてまた狐憑きになった。

なんでもお稲荷さんが言うには狐の妖術を全て網羅していて、さらに牛頭の神さんより強いお狐さんなのだか。

そんなの神社にお祓いに行っても落ちる分けがない。

もう諦めてる。

多分私は一生狐憑きだわ。

目を閉じれば煌くん(神さんのカラス)のお気に入りだった窓辺に白い狐がニコニコと寝ている。

煌くんはどこに行ったんだろう?

大年さんの所?それとも神使の修行?

たまに部屋に帰ってくるけどな…

今は白い狐がヌクヌクと住み着いてるな。

この白い狐はなんの目的で私の部屋に住み始めたんだろう?