マサです♪^^
梅雨入り前のこの時期、なんとなく気持ちがグズグズしてくる感じ、私だけじゃないと思います(笑)。
今回は昭和の「鉄人」の話から、ちょっと自分の話に繋げてみました。
たぶん50代の方にはグッとくるはず。
まずは、以下の毎日の願掛け儀式をしましょう!!
広島カープ鉄人・衣笠祥雄に学ぶ「休まず続けること」の本当の意味
昭和61年(1986年)6月7日。
広島カープの衣笠祥雄選手が、日本プロ野球史上初の「2000試合連続出場」
を達成した日です。17年間、一度も試合を休まなかった。
骨折しながら試合に出たことも、あったそうです。
「鉄人」と呼ばれた🗿
でもこの話、最初は「すごいなあ」で終わりそうだったんですが、
なんか引っかかってしまって。
「俺、逆のことばっかりしてきたな」🕊️
って思ったんですよね(笑)。
🕊️私はずっと「途中で辞めてきた側の人間」でした🕊️
18歳で海上自衛隊に入って、精神的に追い詰められて辞めた。
仕事も転々としました。
建設業、ガソリンスタンド、営業、派遣、工場。
「続かなかった人間」の代表みたいな経歴です(苦笑)。
正直、衣笠選手みたいな話を聞くたびに、
昔の自分は少し後ろめたい気持ちになっていました。
そう思っていた時期が長かったです。
でも50代になって、少しだけ考え方が変わってきました。
「続けた」より「また始めた」の数の話
衣笠選手がすごいのは間違いないです。
でも、私みたいに「途中でやめてきた人間」が全員ダメかというと、そうじゃないと思っていて。
辞めても、また何かを始めた。
転職しながらも、40歳でやっと正社員になれた。
2度離婚して、それでも今ここに立っている。
51歳で詐欺に遭って200万円失って、さすがにあのときは「もう終わりかな」と思いました。🗿
でも、終わらなかった。
「続けられなかった」じゃなくて「また立ち上がった」という見方もできるんじゃないか、って。
※別に自分を正当化したいわけじゃないんですが、50代になると「自分責め」が無駄なエネルギーの使い方だと分かってくる気がします。
衣笠選手が骨折しながら試合に出た話が、今になって刺さる理由
当時の衣笠選手、骨折しながら左手首にギプスを巻いて試合に出たエピソードが有名ですよね。
「なぜそこまでするんですか?」と聞かれたとき、
たしか「記録のためじゃなく、チームのために出たかった」という趣旨の話をされていたと思います。
この話、若い頃は「根性」くらいにしか思えなかったんですよ。
でも今なら少しわかる気がする。
「誰かのために動く」という気持ちが、人を立たせることがある
私が詐欺に遭ってボロボロになっていたとき、
工場の同僚に「マサさん、最近元気ないな」と声をかけてもらったことがありました。
それだけで、なんか翌日も行こうと思えた。
大げさかもしれないけど、そういう小さな繋がりが、
「もう一日だけ」って、あると思うんです。
50代から「また始める」為に、私が実際にやっていること3つ
① 「今日一個だけ」を決める
大きな目標を立てると、すぐ疲れます(笑)。
私は「今日はこれだけやる」という一個だけを朝決めるようにしています。
ブログを書く、とか🌞
それだけで十分。
衣笠選手だって、「2000試合」を目指して始めたわけじゃないはず。
「今日も出る」を繰り返した結果が、あの記録だと思うんです。
② 辞めた過去を「逃げた」じゃなく「選んだ」と言い直す
自衛隊を辞めたことを、ずっと「逃げた」と思っていました。
でも今は「あのまま続けていたら、もっと壊れていた」と思っています。
辞めることも、一つの選択です。🗿
辞めた自分を責め続けることに、何の意味もないと50代になって気づきました。
※「逃げた」と「選んだ」は、事実は同じでも気持ちの重さが全然違います。
③ 「誰かの役に立ちそうなこと」を一つ探す
工場の仕事は、正直、毎日同じことの繰り返しです。🗿
でもその中で「新しく入ってきた若い子に、ちょっと声をかけてみる」とか。
そういう小さなことが、自分の気持ちを動かしてくれることがある。
衣笠選手がチームのために出続けたように、
「誰かのために」という感覚は、自分をも動かしてくれると思っています。
「続けられなかった」、また始めればいい
私は50代で、ようやくちゃんと自分を見つめ始めた。
スタートが遅くても、別にいいと思っています。
「続けられなかった人間」だからこそ、「また始める」ことの意味を知っている。
そういう話を、これからもここで書き続けていきます。
同じような気持ちの方、ぜひフォローやコメントしてもらえると嬉しいです。
一人じゃないと分かるだけで、ちょっと楽になれますから。
マサ


