1月は行事がいっぱいだったけど、2月のバレンタインは考査には
小学校受験をすると決めてから全ての行事に全力投球、
2月は合同説明会や学校説明
そしてお教室では、
私が今でも忘れられないのは、「志望校が決まっている方は、
幼児教室にもよるかと思いますが、
私の記憶が正しければ、つい先日新年長になったばかりだ。
「志望校が決まっている方は、
「注文が決まった方はこちらへ」くらいの勢いでそう言われたが、
「例年、
その方々はほとんど皆さんが合格されています」
さらに追い打ちをかける先生の言葉に胸がドキリと高鳴る。
小学校受験ではこの「愛」
そこに愛はあるのかい?と聞かれたら、
しかし「他者の学校に対する愛」を引き合いに出されると、
その愛は私のそれとは全く比較対象にならないのに。
慌ててあたりを見回す。
先生、年中のときは「いいですね」「
そう言って足元にしがみついて泣きつきたい気持ちが募ってきたが
あった、あった。狙いを定めて中身を確認せずに「願書の書き方」
小受の道を歩いていた頃の私は「
これは「今買わないと誰かに買われてしまう」「買えば安心」
最終的には学校の席の争奪戦を私は行うのだ。取られてはならぬ。
その意識が全ての行動においてこのような「出会って3秒で購入」
さて本を購入した私はもう半分は願書は書けたようなものだと意気
「御校の教育に感銘を受け」
「御校の教育に共感し」
「全米が震撼」「全米が泣いた」
その文字の多さに震撼し、文章量の多さに泣いたのは私だ。
そしていわゆる願書のエピソードと言われる部分に至っては
富士山に登りがちだし、縄跳びを頑張って練習しがちだ。
どれもこれも素晴らしい文章なのだけれど、
ならば…と1枚の紙を取り出し突然書き始めるも、
共感と感銘を一瞬でも笑った自分にセルフ頭突きを食らわせたい。
共感と感銘ができるくらいに学校のこと、
私は全くそれができないということは、
そのままその本を閉じ、すぐに向かうは学校のホームページ。
学校の方針が書かれているページはもちろんのこと、
この頃は何かをプリントしていると、「
大丈夫。我が家のプリンターはBrotherのアイツだ。
アイツならどんな大量のプリントでもシュワンッと出してくれる。
深夜になるとどうでもいいギャグばかり浮かんでくるのが中年の禁
大量の山になったプリントを毎日1枚を目標に目を通すことにし、早速「お便り読み」
学校のお便りは児童の様子や行事の報告、給食について、ICTな
しばらく読み進めていくと、
「体を鍛える」学校であれば、
「奉仕の精神」を育成する学校であれば、ボランティア、
「実学主義」を掲げている学校であれば、
「規律を大切」にしている学校であれば、
それ以外でも自分なりにカテゴライズしてみると、
翌朝早速「おぼろげながら浮かんできたんです」
それでも負けじと「シルエットが浮かんできたんです」
あくまで学校理解をするための私独自の手法であり、
そうやってやっと進次郎レベルまで達した母。
しかしこの後「我が家とは何か」
▼参考にした本(文章構成が勉強になりました)